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1977〜79年ミラノ・スカラ座《ドン・カルロ》フィナーレ 死神の山車! [ドン・カルロ]


↑VideoClip:1978年
ミラノ・スカラ,アバド指揮

 29日の記事でも、1977〜79年ミラノ・スカラ座、アバド指揮の《ドン・カルロ》を取り上げましたが、その映像を手に入れましたので、めずらしいフィナーレの部分を紹介します。
 この映像は1978年1月7日の公演で、主要キャストは、ネステレンコ,ドミンゴ、ブルゾン、M.プライス、オブラスツォワ....どういうことでこの日の舞台がテレビ中継されたのかは不明(イタリアで放送されたのかどうかもわかりません)ですが、みんな若い! でも....ああぁ、なんでライモンディじゃないの!残念!です。

  ミラノ・スカラ座での《ドン・カルロ》公演記録をみてみますと、1968年の開幕公演、1970年4〜5月、いずれも4幕版で、アバド指揮、ポネル演出でした。そして、1977〜78年の開幕公演では、スカラ座創立200年記念として、イタリア語5幕版をもとに、いくつかのナンバーを加えて、新しい特別版《ドン・カルロ》を上演、アバド指揮、演出はロンコーニで、同様のものが、1978年12月、1979年1月にも上演されました。その後、スカラ座で《ドン・カルロ》が上演されたのは、パヴァロッティ初役で話題になった1992年のムーティ指揮、ゼッフィレッリ演出のもので、DVDで発売されていますのでご覧になっている方も多いと思いますが、これは4幕版でした。
 アバドは、1983〜84年にかけて、スカラ座との共同制作で、フランス語による5幕改訂版《ドン・カルロス》をスタジオ録音しています。CD詳細

《ドン・カルロ(ス)》は、いろいろな版があるのでややこしいのですが、ヴェルディが最初に作曲したものは、なんでも6時間を超えるものだったとか、それをなんとか短くして1867年3月11日にパリ・オペラ座で初演されました。もちろんフランス語です。そして次は、1872年版、またはナポリ版と呼ばれるもので、イタリア語で歌われ、改訂も行われましたが、相変わらず長大かつ複雑で上演の機会にめぐまれませんでした。そのことを残念に思ったヴェルディは、全面的な改訂に着手して、新しく生まれ変わったイタリア語4幕版《ドン・カルロ》が、1883年ミラノ・スカラ座で上演され、ヴェルディは、これを《ドン・カルロ》の決定版と考え、これ以上のカットや省略は認めなかったそうです。3年後の1886年12月29日にモデナで上演された《ドン・カルロ》は、一旦は、自ら削除した「フォンテーヌブローの場」を復活上演し、1887年にリコルディから《ドン・カルロ》5幕版として出版されました。これが、イタリア語5幕版《ドン・カルロ》と呼ばれているものです。

 さて、左上の死神の写真をクリックするとフィナーレの映像にリンクしています。これは、ルカ・ロンコーニの演出で、1977年12月7日の開幕公演を皮切りに、1978年12月、1779年1月にも再演されました。出演した歌手も当時のオールメンバー、さすがスカラ座というキャスティングですね。

全17 公演  アバド指揮、ロンコーニ演出
フィリッポ
カルロ
ロドリーゴ
エリザベッタ
エボリ
大審問官
修道僧(カルロ5世)  
ギャウロフ、ネステレンコ、R.ライモンディ
カレーラス,ドミンゴ,ランベルティ
カップチッリ、サッコマーニ、ブルゾン
フレーニ、M.プライス、ザンピエリ
オブラスツォワ、ドゥニーズ、コルテス、バンブリー
ネステレンコ、ローニ、サルミネン
ローニ、フォイアーニ
 実は、きのけんさんが、この公演、しかも1979年12月17日のR.ライモンディが出演した日の公演をご覧になっていまして、Orfeoさんのブログでこの演出についてコメントして下さっています。
 最後の場面でも,ご覧のように死神の乗った山車が出てきますが、「ロンコーニは、中世の民衆演劇の伝統を採り入れて、各場の装置を山車に乗せて舞台に出して、それが舞台を流れていくという方法を採用してました.....」ということです。詳しくは、こちらのOrfeoさんの記事、DVDライブラリー『ドン・カルロ』(ミラノ・スカラ座)のずーっと下のコメントをどうぞご覧になってください。
参考:
Don Carlo 楽譜
フィリッポII(ドン・カルロ)主な公演 1968ー2003
ヴェルディ:ドン・カルロ録音

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コメント 8

助六

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
息切れどころか、ますます充実のkeyakiさんサイトは頼みの綱です。

すでに伝説的になりかけてるスカラの77-78年上演、いつかは映像が出てくるだろうとは思ってましたが、お陰さまでいきなり貴重なフィナーレ部分を見ることができ、狂喜しました。

この部分の写真は見てましたが、ロンコーニ演出だったら肝心の山車の動きが分からないんじゃ何も分かりませんしね。きのけんさんのコメント読むと益々興味そそられるし。

それにこの部分のロンコーニ演出の大仕掛けの動きは、合唱と4重唱の壮麗な介在がある67年オリジナル版の採用があってこそ出て来た発想でしょうから、67年版フィナーレの現代的視覚化として興味引かれてました。

小生は基本的に仏語オリジナル5幕版志向なんですけど、このフィナーレに関してはより直裁簡潔で、枯れた趣のある通常版の音楽的処理もスジの通った選択と思います。
まあこれは結局「ドン・カルロ」のすべての改変部分について言えることで、どの版にもそれぞれそれなりの音楽的意味があると思います。ヴェルディ自身もどの版が最良かと言うことについては矛盾したことを言ってて、結局どの版も多かれ少なかれ是認してる形ですしね。

77年スカラ上演ではそれなりに整合性のある形で67年版のページを取り入れたアバドが、84年スタジオ録音ではなぜ「インチキ仏語版」に逆行してしまったのかも長く不可解でしたが、最近は、ヴェルディの最後の音楽的選択に、最初の言語的選択を貼り付けるというアバドの選択もありかなと思い始めてます。
パッパーノ指揮シャトレ上演の「トンデモ仏語版」には今でも抵抗ありますが。

ネット音声から分かる範囲内でも、指揮はニュアンス豊かなアバドの面目躍如で、特にあの感動的なカルロとエリザベッタの2重唱のオケは素晴らしい。
若々しいドミンゴも見事で、彼はこの時期が頂点だったかも知れませんね。
仏でM・プライスのヴェルディが結構評価高いのにヘェと思ったものでしたが、確かになかなか聞かせますね。76年にパリでこの2人がショルティの指揮でやった「オテロ」は記憶に残る上演だったと聞いてます。

この77-78年スカラ上演は、77年12月の第1キャスト(フレーニ、カレーラス、カップチッリ、ギャウロフ)が、カラヤンの76・77年ザルツブルク「ドン・カルロ」4幕版上演のキャストと完全に重なっています。

この前年76年12月のスカラ開幕公演のクライバー指揮「オテロ」も伊と欧州各国にTV放送されたし、77年開幕公演「ドン・カルロ」も同様にRAIとユーロヴィジョンでTV放送が予定されていたのですが、カラヤンがUNITELによるザルツ上演収録のための歌手独占契約をタテに、スカラ上演中継を妨害し、直前に中止になったとのことです。当時日本の音楽メディアでも伝えられたスキャンダルでした。

当時スカラ総裁からRAI総裁に転任したばかりだったグラッシの粘りで、78年1月の第2キャスト(プライス、ドミンゴ、ブルゾン、ネステレンコ)がTV放送されたと言うわけです。当然イタリアでも放送されたようです。
それでもカラヤンは立腹とか、以後スカラには登場していません。

「ドン・カルロ」の他エントリ、なかなか落ち着いて聴く暇が取れません。
「ドン・カルロ」ならちゃんと聴きたいですしね。折を見て熟聴させて頂きます。
by 助六 (2008-01-05 13:16) 

keyaki

助六さん、お忙しい中、コメントありがとうございます。
今年もよろしくお願いします。

スカラ座創立200年記念のTV中継、当然、開幕公演であって然るべきなのに、なぜなんだ!と疑問でした。
いやぁ、カラヤンの横やりだったとは....しかも、確かにザルツブルグ音楽祭で、75'〜78'まで《ドン・カルロ》を毎夏上演してますが、同じ歌手になるのは、仕方がないことですし、結局は、この間、収録したんでしょうか?? してないですよね。DVDになっているのは、1986年3月のものですよね。
ということは、結果的には、単なるいやがらせのレベルになっちゃったってことじゃないですか....それともキャストを変えて中継放送したことにも立腹して、カラヤン自身も収録を中止したということでしょうか。
この時にちゃんと収録していれば、1986年よりは、数段良いものが映像として残せたはずですよね。カレーラスもカップチッリも若かったし、フレーニもギャウロフも出演したんですから。

>第2キャスト(プライス、ドミンゴ、ブルゾン、ネステレンコ)がTV放送された
これも、スカラ座苦肉の策だったのではないでしょうか。第2キャストというよりは、プライスとドミンゴは、1月7日だけの出演なんで、TV放送のために急遽、出演してもらったということではないかと思いますけど......
by keyaki (2008-01-06 09:00) 

助六

プライスとドミンゴは1日だけの出演だったんですか!
「第2キャスト」という情報の他、「カタストローフ的状況の中で急遽集められた配役」という情報もあったので、どういうことかなと思ってました。
グラッシとバディーニの手腕ですね。

カラヤンは、スカラ中継ツブしたにも拘らず、自身の「ドン・カルロ」中継には75-79年ザルツでも80年ヴィーンでも成功しませんでした。

ヴェルディ録画については、結局UNITELによる収録は、
74年の「オテロ」と
78年の「トロヴァトーレ」
が実現しただけで、あとは
82年ORF・ZDFによる「ファルスタッフ」
86年ORF・WDRによる「ドン・カルロ」
収録があるだけです。

なぜこんなアホな結果になったかと言うと、契約問題の詳細は結局ヤブの中で正確なことは分からないんですが、諸情報を総合すると、要するに ①カラヤンの金銭欲 ②カラヤンのナルシシックな名声欲 が度外れて巨大だったからということになるようです。

スカラ中継妨害は、スカラ中継が先にされてしまうと、自分のプロダクション中継の金銭上・国際プレスティージュ上の利益が減少するからということだった模様。要するに自己顕示欲ですわな。

カラヤンは64年にヴィーンとケンカ別れしたもの、既に70年代初めに真面目なヴィーン復帰の話が進んだものの金銭問題で実現しなかったとのことです。これもカラヤンがヴィーン復帰を専ら金銭的・世界中継的利益を得る手段としてのみ考えていたからだと言います。

77年5月にヴィーン復帰が実現した後、80年5月9日にヴィーンから世界14ヵ国へ「ドン・カルロ」の中継が予定されたものの、土壇場でキャンセルとなりました。
カラヤン自身の説明は、出演歌手についてORFとの契約書5通にいまだ署名がなされていないからというものでしたが、どうやら金銭・プライド問題だったようです。
当時の独メディアは、シュピーゲル誌が「植民地主義的やり口」、FAZ紙が「この件で、カラヤンは大ヴェルディ指揮者ではなく恣意的インプレッサリオ。税金と公的補助金で運営される文化事業へのエゴ押し付け」とか書きまくってます。

主典拠:R. Ch. Bachmann, Karajan. Anmerkungen zu einer Karriere, Econ, München, 3.Aufl., 1984.

例の「天使のすすり泣き」はどうなったのか、9月に公共チャンネルFRANCE2が冬に放送とか予告したまま、放送日時は未だ未発表みたいですね。そろそろ見たいですわ。

同チャンネルの一般向け音楽番組に、昨晩ドゥセ、バルトリ、プティボン、アラーニャ(カッコよく遅れてきた)、演出家のイヨネスコが出てトークショーみたいのやってたので、ながらで見たんですが、面白かったのは覆面試聴の歌手の声当て競争で、アラーニャが圧勝。
ノーマン、ムーラ、フレミング、シュヴァルツコプフと掛かったんですが、すべて立ちどころに彼が当ててました。小生は考えてる間もなくアラーニャにすべて先越されましたねぇ。パヴァロッティだけはさすがに皆分かって、ドゥセとバルトリが同時で早かったですが。
アラーニャはディスク使って曲覚えてるそうだから、そのせいもあるかも知れないにしても、上記女性歌手を立ちどころに当てるのにはかなり勉強要りますよね。脱帽!

あとバルトリは仏語早口で大変うまい。伊人歌手は皆仏語話すけれど、彼女は訛りも僅かで、伊人としてもうまいですね。ライモンディも上手だけどかなり訛りあるから(笑)。
ドゥセは頭の回転早く、芝居っけタップリでなかなか挑発的発言をする人。
by 助六 (2008-01-06 11:20) 

keyaki

>「カタストローフ的状況の中で急遽集められた配役」という情報
まさにそれですね。
それにしても、カラヤンは、本当に「帝王」だったんですね。でも潰すことはできても、自身の収録は、思い通りにはいかなかったということですか。なんだかなぁ....

>例の「天使のすすり泣き」
やっぱりまだ放送日時は決まってないんですね。
先日、BSのWOWOWでアラン・ドロンとジャック・ペラン共演のサスペンス・ミステリー・ドラマが放送されましたが、これも数年前に「フランス2」で放送されたものだそうですから、数年後に日本でも放送されないかな.....と、可能性ゼロでもないかなぁ。

>ドゥセ、バルトリ、プティボン、アラーニャ(カッコよく遅れてきた)
しかも男声歌手一人ですか。
楽しそうな番組ですね。うらやましいです。

日本では、恒例のNHKのオペラニューイヤーコンサートなんてやってましたが、まともに歌えてないので、吃驚、みんな調子が悪かったのか。
新国にも出演していて、けっこういいじゃん!と思っていた歌手さんもほとんどアウト! やっぱり、主役が歌うアリアって難しいのね、とあらためて実感しました。
by keyaki (2008-01-06 14:35) 

euridice

>アリア
まあ専門的なことはわかりませんけど、ほとんど何も伝わってこない、簡単に言えば退屈・・でつまらなかったですね。出だししばらくは、いいかなっと思っても続かないし・・ 
by euridice (2008-01-07 08:19) 

keyaki

誰が聞いてもおっとと....のがけっこうありましたね。
まあ、初っ端にトゥーランドットですから、姫もカラフもありゃぁりゃぁ〜
後半第2部は、いいじゃない、という歌手さんたちもチラホラ
ところがトリのアンドレア・シェニエ、これがどうしちゃったの○○さんってなもんで。

>出だししばらくは、いいかなっと思っても続かないし・・ 
体力不足というよりは経験不足でしょうね。
声自体はみなさん素晴しいから歌手をやってるわけですが、年間どの程度オペラに出演できるチャンスがあるんでしょうね.....
by keyaki (2008-01-07 10:41) 

TARO

このスカラ座の映像は日本でも教育TVで放送されました。
私はちょうどその日出張で、どこか東京のホテルで見た記憶があります。
アバドのスカラ座ものでは、あとはザンピエリとパヴァロッティの「仮面舞踏会」も放送されましたが、なかなか市販のビデオでは出てこないですねぇ。
by TARO (2008-01-28 10:00) 

keyaki

TAROさん、この映像は、アルゼンチンで放送されたもののようです。
最近のは、内容的に優れているとか、価値があるとか関係なく、すぐにDVDになりますけど、昔のものは、出ませんね。
by keyaki (2008-01-29 03:17) 

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