R.ライモンディのチャリティーコンサート:ダウン症の末息子ロドリゴ君について語る [コンサート]
Prodisはダウン症の子供たちの支援組織です。ライモンディには4人の息子がいます。1975年2月3日生まれのラッファエッロ(右下写真)とリッカルド(双子です)、それから3男のクリスティアーノは、前の奥さんヴィットリアさんとの子供たちで、1989年生まれの末っ子のロドリゴ君(右下写真)は、今の奥さんイザベラさんとの子供です。ライモンディの家族については、こちらの記事にまとめてあります。66歳のお誕生日特集:ライモンディ・ファミリー。
3月7日、マドリードでの昼食をとりながらのインタビューで、ライモンディは、ダウン症の息子ロドリゴ君のことを語っています。
★『私にはAbbaと一緒に私を疲労困憊させるダウン症の息子がいる』
新国《トーキョーリング・ラインの黄金》2009.3.13 [オペラ生舞台鑑賞記録]
2001年からはじまったキース・ウォーナー演出「トーキョー・リング」は、2004年に完結して、今年から第2周目がじまりました。2001年当時は、私は、まだ新国で定期的にオペラ鑑賞をしていませんでしたので、この「トーキョー・リング」は、2002年の《ワルキューレ》からしか見ていません。従って《ラインの黄金》ははじめてです。
休憩無しの一気上演で、会場ではさかんに「休憩はありません...」という放送が流されていましたので、いつもは休憩時間に..なんですが、ホワイエでコーヒーを飲んで席に着きました。
開演時間になっても指揮者が出て来ません。遅刻かしら....と思って、オーケストラピットを覗くと、もう指揮者が座っていました。(最前列だったので立たないと見えない) 指揮者登場の拍手も指揮者の観客にご挨拶の拍手も無いまま音楽がはじまるのがワーグナーだったかしら.......
休憩無しの一気上演で、会場ではさかんに「休憩はありません...」という放送が流されていましたので、いつもは休憩時間に..なんですが、ホワイエでコーヒーを飲んで席に着きました。
開演時間になっても指揮者が出て来ません。遅刻かしら....と思って、オーケストラピットを覗くと、もう指揮者が座っていました。(最前列だったので立たないと見えない) 指揮者登場の拍手も指揮者の観客にご挨拶の拍手も無いまま音楽がはじまるのがワーグナーだったかしら.......
YouTubeに字幕/キャプションを付けてみました.....超簡単 [パソコン/ネット/YouTube/mp3,mov]
最近YouTubeを利用し始めましたが、 『字幕/キャプションを付けてみませんか....』なんてお勧めしてます。ヘルプを読んでもチンプンカンプン...要は、『字幕・キャプション』を付けるソフトを使って下さい...ということなんです。面白そうなのでやってみたい気もしましたが、面倒くさそうだし.....ということだったんですけど、これが、なんとすごく簡単にできるソフトを教えてもらって、しかもそのソフトで作ったデータをYouTubeにアップロードすることができて『字幕・キャプション』付きのビデオクリップになるんです。
↑再生しながら、右下に注目!キャプションはこの様にオンにしたりオフにしたりできます
《ブラザー・サン シスター・ムーン》 おや!ライモンディが.... [RRのTV・ラジオ・映画出演]
★edcさんの記事で素晴しいスライドショーが見られます。2005-05-07に書いた記事ですが、ちょっと書き直しました。(2009.3.19)
フランコ・ゼッフィレッリ監督の映画《ブラザー・サン シスター・ムーン》、若き日のアッシジの聖フランチェスコと聖キアラを描いた映画で、ウンブリアとかトスカナの中世の町と美しい田園風景、そしてドノバンの優しく語りかけるような歌が印象的です。
この映画、ゼッフィレッリ監督の作品の中では一番好きで、何度も見ていましたが、気づきませんでした。ライモンディが出ているなんて.....
発見した経緯は、ネットを散策していて、ライモンディの今までの公演とか、出演映画を紹介しているフランスのサイトを発見。目新しい情報はないなぁ、フランス語わからないけど、ええぇええ???
★Fratello sole, sorella luna, rèal. Franco Zefirelli, 1972
これって、「ブラザーサン シスタームーン」、映画館でも見たし、テレビやLDでも見ている・・・・でも、オペラに全く興味がない頃で、もちろんライモンディなんか知らなかった・・・・さっそくチェック! 座っているだけですけど、やっぱり存在感ありますねぇ。フランチェスコが、教皇に謁見する場面で、ずらーーと身分の高い方々が並んでいますが、その中の一人です。手前から3人目の紫の衣裳がライモンディ、出演とはいえない出てるだけ.....すでに若手オペラ歌手として注目され、ひっぱりだこ状態でしたので、多分、ゼッフィレッリに頼まれたからではないかと思います。
この映画のロケは、アッシジの他にサン・ジミニャーノ、グッビオ、ローマ法王謁見の場は、シチリア島パレルモ近郊のモンレアーレのドゥオーモ(11世紀)。
モンレアーレの司教は、映画の内容に感激し、無条件でその豪華な教会を使わせてくれた。この寛大な強力のお返しに、私はイタリア最高の修復専門家を呼び、西欧で最も美しいモザイクに元通りの輝きと色彩を甦らせた。ーゼッフィレッリ自伝よりー
(ということは、私が見学した時は、ゼッフィレッリが修復した直後ということになりますよ。)
このモンレアーレの大聖堂の場面にライモンディが出ているわけですが、売り出し中で世界の劇場からお声がかかっているライモンディが、わざわざ数分の出演のためにシチリアまで行ったのかしらと思いましたが、1971年にCatania(シチリア)で、『清教徒』に出演しています。この映画の撮影は1971年のようですから、ゼッフィレッリに座ってるだけでいいから出てくれないかなぁーーなんて頼まれたかもしれませんね。その他大勢ですが、アップもあります。
オペラ歌手は、日本で言えば歌舞伎役者のようなもので、こういう衣裳も着慣れているので、ゼッフィレッリが頼んだんでしょうか。他にもオペラ歌手が座っているのかもしれません。隣に座っているのが、ジュセッペ・タッデイのような感じもしますけど......どうなんでしょう.....
昔、昔のアルバムを整理していて気づきましたが、これって、映画で使っていた、塔(San Gimignano)だと思います。フランチェスコが、雀を追いかけて、このベランダから屋根に降りるシーンがあるんですよ。
ついでの話:
「ゼッフィレッリの自伝」によれば、若き日のアル・パチーノもフランチェスコ役のオーディションを受けたそうです。一目見てイタリア的な容貌と人を惹き付ける魅力をそなえ、彼なら聖者を演じられると思ったそうです。スクリーンテストまでしたそうですが、当時は舞台的な演技をカメラの前で抑える方法を学んでいなかったのであきらめたそうです。その後、彼は、「ゴッドファーザー」に出演してスターになりましたが、なんとその時のスクリーンテストのフィルムをコッポラ監督に見せるように手配したのはゼッフィレッリだそうです。
フランコ・ゼッフィレッリ監督の映画《ブラザー・サン シスター・ムーン》、若き日のアッシジの聖フランチェスコと聖キアラを描いた映画で、ウンブリアとかトスカナの中世の町と美しい田園風景、そしてドノバンの優しく語りかけるような歌が印象的です。
この映画、ゼッフィレッリ監督の作品の中では一番好きで、何度も見ていましたが、気づきませんでした。ライモンディが出ているなんて.....
発見した経緯は、ネットを散策していて、ライモンディの今までの公演とか、出演映画を紹介しているフランスのサイトを発見。目新しい情報はないなぁ、フランス語わからないけど、ええぇええ???
★Fratello sole, sorella luna, rèal. Franco Zefirelli, 1972
これって、「ブラザーサン シスタームーン」、映画館でも見たし、テレビやLDでも見ている・・・・でも、オペラに全く興味がない頃で、もちろんライモンディなんか知らなかった・・・・さっそくチェック! 座っているだけですけど、やっぱり存在感ありますねぇ。フランチェスコが、教皇に謁見する場面で、ずらーーと身分の高い方々が並んでいますが、その中の一人です。手前から3人目の紫の衣裳がライモンディ、出演とはいえない出てるだけ.....すでに若手オペラ歌手として注目され、ひっぱりだこ状態でしたので、多分、ゼッフィレッリに頼まれたからではないかと思います。
この映画のロケは、アッシジの他にサン・ジミニャーノ、グッビオ、ローマ法王謁見の場は、シチリア島パレルモ近郊のモンレアーレのドゥオーモ(11世紀)。
モンレアーレの司教は、映画の内容に感激し、無条件でその豪華な教会を使わせてくれた。この寛大な強力のお返しに、私はイタリア最高の修復専門家を呼び、西欧で最も美しいモザイクに元通りの輝きと色彩を甦らせた。ーゼッフィレッリ自伝よりー
(ということは、私が見学した時は、ゼッフィレッリが修復した直後ということになりますよ。)
オペラ歌手は、日本で言えば歌舞伎役者のようなもので、こういう衣裳も着慣れているので、ゼッフィレッリが頼んだんでしょうか。他にもオペラ歌手が座っているのかもしれません。隣に座っているのが、ジュセッペ・タッデイのような感じもしますけど......どうなんでしょう.....
昔、昔のアルバムを整理していて気づきましたが、これって、映画で使っていた、塔(San Gimignano)だと思います。フランチェスコが、雀を追いかけて、このベランダから屋根に降りるシーンがあるんですよ。
ついでの話:
「ゼッフィレッリの自伝」によれば、若き日のアル・パチーノもフランチェスコ役のオーディションを受けたそうです。一目見てイタリア的な容貌と人を惹き付ける魅力をそなえ、彼なら聖者を演じられると思ったそうです。スクリーンテストまでしたそうですが、当時は舞台的な演技をカメラの前で抑える方法を学んでいなかったのであきらめたそうです。その後、彼は、「ゴッドファーザー」に出演してスターになりましたが、なんとその時のスクリーンテストのフィルムをコッポラ監督に見せるように手配したのはゼッフィレッリだそうです。
朗報! ローマのその時、その場所、再現《トスカ》ついにBS2で放送:3月16日(月)00時40分30秒〜 [再現トスカ]
DVD発売記念というわけでもないのでしょうが、ついに、というかやっとNHKが『BS2 クラシック ロイヤル シート』で再現《トスカ》を放送します。DVDはヨーロッパ仕様のPALですので、テレビで放送してくれるのはありがたいことです。まだ、ご覧になっていないオペラファン、映画ファンにもお勧めです。
再生できない場合、ダウンロードは🎥こちら↑promotionビデオ・クリップ
この《トスカ》は、ローマのその時、その場所で《トスカ》を再現した前代未聞の画期的な企画でした。1992年7月11日午後から翌朝6時にかけて起きた悲劇を世界108カ国衛星同時生中継。
しつこく何度でも言いますが、残念なことに世界108カ国の中に日本は含まれていませんでした。後日、TBSが、メイキングと抜粋を放送しました。『皆さまの、私たちのNHK』がなぜ参加しなかったのか理由を聞いてみたいものです。素晴しい企画の《トスカ》です。
私は、この時、すでにルッジェーロ・ライモンディのファンでしたから、日本でも生中継が見られると信じて疑いませんでした。あぁ...それなのに....NHKに裏切られたのでした。
BS2 クラシック ロイヤル シート
歌劇「トスカ」 全3幕 ( プッチーニ ) Bモード・ステレオ
3月16日(月) 00時40分30秒〜02時39分00秒 [1時間58分30秒]
関連記事:再現《トスカ》
再生できない場合、ダウンロードは🎥こちら
この《トスカ》は、ローマのその時、その場所で《トスカ》を再現した前代未聞の画期的な企画でした。1992年7月11日午後から翌朝6時にかけて起きた悲劇を世界108カ国衛星同時生中継。
しつこく何度でも言いますが、残念なことに世界108カ国の中に日本は含まれていませんでした。後日、TBSが、メイキングと抜粋を放送しました。『皆さまの、私たちのNHK』がなぜ参加しなかったのか理由を聞いてみたいものです。素晴しい企画の《トスカ》です。
私は、この時、すでにルッジェーロ・ライモンディのファンでしたから、日本でも生中継が見られると信じて疑いませんでした。あぁ...それなのに....NHKに裏切られたのでした。
BS2 クラシック ロイヤル シート
歌劇「トスカ」 全3幕 ( プッチーニ ) Bモード・ステレオ
3月16日(月) 00時40分30秒〜02時39分00秒 [1時間58分30秒]
関連記事:再現《トスカ》
ソプラノの『Eri Nakamura 中村 恵理』さん、ネトレプコの代役でジュリエッタを歌う [オペラ歌手]
★大成功だったそうです。ロンドン在住のロンドンの椿姫さんとdognorahさんの鑑賞レポートをリンクさせて頂きました。写真もあります。
★イギリス人のRRの追っかけさんもこの公演をご覧になって、素晴しかった....と知らせて下さいました。リンクできませんので、記事に要約を追記しました。(2009.3.9 )
新国育ちのソプラノの中村恵理さんが、ネトレプコの代役で、3月7日にロンドンのROHで《カプレーティとモンテッキ》のジュリエッタを歌うそうです....というか歌ったようです。なにかとお騒がせのネトレプコですので、一日だけの(多分)キャンセルなのに大騒ぎのようです。中村恵理さんは、私の新国オペラ鑑賞歴にも度々登場するソプラノさんですので備忘録として残しておくことにしました。
私が、最初に見たのが、2003年《フィガロの結婚》のバルバリーナ、これがオペラ研修所在籍中で新国デビューだったそうですが、同好の方たちの評判は上々で、小さい役ながら目立っていました。その後、2006年《こうもり》のイーダ、《イドメネオ》のイリヤ、2007年《ファルスタッフ》ナンネッタ、そして2007年10月の《フィガロの結婚》ではスザンナでした。この頃には、海外で活躍していたようですが、スザンナに予定されていたラウラ・ジョルダーノの急なキャンセルで、海外から駆けつけてくれました。
鑑賞記録の記事が《こうもり》からありますので、リンクします。その時の「一言コメント」も転記します。新しい順です。
★イギリス人のRRの追っかけさんもこの公演をご覧になって、素晴しかった....と知らせて下さいました。リンクできませんので、記事に要約を追記しました。(2009.3.9 )
※イタリア語字幕を付けてみました |
私が、最初に見たのが、2003年《フィガロの結婚》のバルバリーナ、これがオペラ研修所在籍中で新国デビューだったそうですが、同好の方たちの評判は上々で、小さい役ながら目立っていました。その後、2006年《こうもり》のイーダ、《イドメネオ》のイリヤ、2007年《ファルスタッフ》ナンネッタ、そして2007年10月の《フィガロの結婚》ではスザンナでした。この頃には、海外で活躍していたようですが、スザンナに予定されていたラウラ・ジョルダーノの急なキャンセルで、海外から駆けつけてくれました。
鑑賞記録の記事が《こうもり》からありますので、リンクします。その時の「一言コメント」も転記します。新しい順です。
ロシアで放送:ファルネーゼ劇場(Teatro Farnese di Parma)でのコンサート★ビデオクリップ [RR関連]
昨年の9月23日にルッジェーロ・ライモンディが出ているコンサートの映像のデータを頂戴しました。ロシアのテレビ番組『休日のコンサート』、いろいろなコンサートを寄せ集めた番組だそうですが、歌っているのは、《ドン・ジョヴァンニ》の「シャンパンの歌」と、《ランスへの旅》から「他に類のないメダル」の2曲、指揮はズービン・メータです。いつのどういう公演なのか、調べましたが、今のところ分かっていません。
2002年の''Regio Parma Festival''かな....とも思いましたが、ライモンディとメータを見るとぜんぜん老けてませんから、多分1990年代のはじめ頃ではないかと思います.....ということで、ちょっとでもなにか分かってからブログで紹介しようと思いつつ、データを頂いて、なんと半年近くがたってしまいました。
2002年の''Regio Parma Festival''かな....とも思いましたが、ライモンディとメータを見るとぜんぜん老けてませんから、多分1990年代のはじめ頃ではないかと思います.....ということで、ちょっとでもなにか分かってからブログで紹介しようと思いつつ、データを頂いて、なんと半年近くがたってしまいました。