So-net無料ブログ作成

アラーニャ、今後のスカラ座ラダメス降板決定! [スカラ座事件]

Celeste Aida の最後、vicino al sol♪ について『オペラ御殿』に解説が掲載されました。今回のアラーニャの歌唱についても触れられています。こちらです→12月15日(金)の記事です。(追記12.15)
★ついに、スカラ座のサイトが、アラーニャからすべて、フラッカーロになりました。今後は、パロンビとフラッカーロのダブルキャストです。
今までの経緯はこちらの記事です。貴重なコメントもあります。
♪右の音声ファイルは、開幕7日の『清きアイーダ』、最後の"un trono vicino al sol!"が、更にもう一回低音で付け加えられているめずらしいバージョンです。
★決定的瞬間の映像:
 理由はわからないが、ブーイングとヤジの部分が一部カットされている
http://multimedia.repubblica.it/home/503086
youtube→http://www.youtube.com/watch?v=ghuuJTGNVqA&mode=related&search=
(こちらはQuickTime7で見られます)
★10日の夜のアラーニャのインタヴュー:
http://mediacenter.corriere.it/MediaCenter/action/player?uuid=21c7c0b4-8940-11db-8245-0003ba99c53b
★こちらは仏語の電話インタヴュー:
http://www.resmusica.com/actu_presse/article.php3?id_article=201
★2006.12.7 スカラ座《アイーダ》ライブ:バルトークラジオで放送から1週間試聴可
Csütörtökの 18 óra 19 óra 20 óra
http://real1.radio.hu/bartok/MP3/B-mp3.htm


 私としては、今回の件を全面的にアラーニャ個人の責任にするのは納得できません。やはり、劇場側の対応のまずさ(わざとかもしれませんが)につきるとおもいます。前代未聞というのならば、それは、アラーニャが途中で、舞台から退場したことではなくて、待ってましたとばかりに、客席の酔っ払いが舞台に上がってきたのかと思うような代役の登場のしかたのほうでしょう。
 今回の口笛を吹いたり、罵声をあびせたりした観客が、アラーニャの「清きアイーダ」の歌唱に対して、厳しい評価を下した結果だ、と騒いだ連中を擁護するような意見は、私には理解できません。一部の観客の態度に腹を立てて、舞台から退場するのはおとなげない、という意見もあるようですが、これもとても冷たい反応だとおもいます。歌手は、その日の観客の雰囲気を敏感に感じるものだということは、R.ライモンディの発言にもあります。その場に、いたたまれなくなる気持ちは、私には理解できます。アラーニャは、衣裳も脱がずに楽屋にいたわけですから、劇場側は、とにかく説得して、多少とも音楽が中断しても、一幕は舞台に立ってもらう努力をするべきでしょう。それから、アラーニャが降板したいというのであれば、2幕から、観客に説明して、ちゃんとラダメスの衣裳をつけた代役をたてればいいだけのことだったのではないでしょうか。
 アラーニャは、要望があれば、14日には出演すると言っていたのに、残念です。
 今後イタリアでは、サンレモ音楽祭に出演'Schiavo d'amore'を歌うそうです。まさか、これが原因で天井桟敷が騒いだ..ということはないですよね。昔、ジュセッペ・ディ・ステファノもやられたようですから。なんにでも純粋主義者がいますからね。ところで、2007年のサンレモ音楽祭はいつなんでしょう。
 それにしても、なぜ、天井桟敷の連中は開幕公演ではおとなしかったんでしょうか??わからないことだらけだわ。
 マンリーコを歌ったり、ラダメスを歌ったり、重い役を歌うから、こういうことになるんだ、それみたことか.....というオペラ通のいつもの意見があちらこちらでみられますが、下記のようなオペラ歌手の意見もありますので、参考にご覧下さい。
ー私たちは、あなたが育った町、ボローニャにいます。ここのオペラの観客はすばらしいが、容赦ないとも、言われています。ここの観客はあなたにはかなり思いやりがありますか。

RR:ここの観客は、とりわけ思いやりのある観客で、すぐに熱狂します。もちろんここの観客は多くのイタリアオペラを理解していますが、ここで私が歌った多くの上演で、不愉快な経験をしたことはありません。

ーで、あなたはチューリッヒの観客をどうやって誘惑するつもりですか。

RR:チューリッヒに限らず、どこの観客にとっても、とりわけ変化が興味を引くのです。私が、あるタイプ、ある人物、あるいは、一人の作曲家の音楽しか歌わないならば、だれも楽しくないでしょう。ドニゼッティからモーツァルト、モーツァルトからヴェルディ、ヴェルディからロッシーニへの散策が、オペラの人物や音楽スタイルの幅を生み出し、これが観客をひきつけるのです。

ラインマール・ワーグナーによるインタヴュー 1999年12月5日 抜粋


nice!(0)  コメント(30)  トラックバック(3) 
共通テーマ:音楽

nice! 0

コメント 30

yumemi

やっぱり、今回の事件は陰謀があったんじゃないでしょうか。
きっとあのブーイングはわざとですね。
by yumemi (2006-12-14 11:59) 

Sardanapalus

結局フラッカーロに落ち着いちゃいましたか。DVDはどうなるんだろう。アップしてくださった7日の音源を聞く限り良くも悪くもいつものアラーニャという印象ですから、あのブーイングはちょっと解せませんね。

>最後の"un trono vicino al sol!"が、更にもう一回低音で付け加えられている
決定的瞬間の映像、この低音で歌った部分がカットされているような気がしませんか?たった2、3秒にしてはアラーニャの移動距離が大きすぎると思うのです。もしかしてそこで誰かが何か放送禁止用語を叫び、歌唱を邪魔されたかも?などと推測してみたり。

>劇場側の対応のまずさ(わざとかもしれませんが)
私も、スカラ座側の対応は大いに疑問ですね。当夜の聴衆は納得しているのでしょうか?豪華絢爛な「アイーダ」を楽しみにしていた客の前に私服の歌手を登場させるなんて、一番やってはいけないことでしょう。あんな姿のラダメス相手なんて、共演者達もしらけちゃいますよね。

アラーニャを連れ戻す気が無いなら一旦演奏を止めて、代役にすることを客に説明するべきですし、その間に代役が衣装を着けて、アムネリスが歌いだす直前から再開するのが客に対する礼儀というものですよね?スカラ座って、ムーティーの時といい、スキャンダルでしか話題を提供できないのでしょうか?オペラで話題をさらって欲しいですよねぇ。
by Sardanapalus (2006-12-14 18:31) 

euridice

>★2006.12.7 スカラ座《アイーダ》ライブ:バルトークラジオで放送から1週間試聴可

おかげさまですごく久しぶりにアイーダを聴いてます^^;
みなさん機嫌よく拍手喝采してるじゃないですか。
二日目に大騒動発生なんて晴天霹靂、それとも、初日は嵐の前の静けさだった?
by euridice (2006-12-14 19:44) 

keyaki

yumemiさん、 Sardanapalus さん、euridice さん、ほんとあきれた対応なのに、あたりまえみたいな意見のオペラファンが多いのも悲しいです。

>決定的瞬間の映像、この低音で歌った部分がカットされているような気がしませんか?
そうですよ、これは動かぬ証拠です。コメントにも書きましたが最初から、この映像は途中をカットしてあると感じました。二日目は3回目の"un trono vicino al sol!"をアラーニャ自身がカットしたとおもったんですけど、よく考えれば、あのインタビューは、あの事件の後ですからね。ちゃんと低音で繰り返しているはずなんですよ。ということはかなりの部分をカットしてますね。これを見た人達の感想は、たいしたブーじゃないなんていうのが多いんですよ。でも、はっきり「度を越した....」と書いてあるレポートがありますからね。

>良くも悪くもいつものアラーニャという印象
そうですよ。アラーニャを選んだことに不満があるなら、初日からブーして下さい、といいたいですよ。

>二日目に大騒動発生なんて晴天霹靂
計画的としか思えませんよね。あぁ、やだやだです。
by keyaki (2006-12-14 20:03) 

ふくきち

たとえば今年6月のボローニャ歌劇場来日公演《イル・トロヴァトーレ》で、アラーニャがブーイングで降板して、パロンビやフラッカーロが代演だったら、日本の客は黙っていないと思うんですけど…。スカラ座の客は、このまま納得するのでしょうかね。
by ふくきち (2006-12-14 23:36) 

yumemi

アラーニャが一見大人げない行動を取ったのは、それだけの理由があったのでしょうね。
私はアラーニャのラメダス、マンリーコ等もありだと思います。 歌う頻度と、あくまでもアラーニャのラメダスなりマンリーコを歌えば(昔のドラマティック・テノールみたいにではなく)良いんです。 少なくとも、アンダーの歌手のよりもやっぱりアラーニャのラメダスの方がよっぽど味が有ると思うのですがーー。  
by yumemi (2006-12-14 23:58) 

助六

追加情報です。

【パロンビは如何にして急遽代役を務めたのか】

―アラーニャ:「当夜パロンビ以外のもう一人のテノール(フラッカーロでしょうね)が衣装を着けて待機していた。2時間前から練習中だったパロンビは、好機とばかりもう一人のテノールを差し置いて舞台に出た。」
―パロンビ:「好奇心から舞台袖でアリアを聴いていた。出たくなかったが、舞台監督から無理やり舞台に押し出された。」
―リスネール監督:「舞台監督が状況から判断して、上演を中断させないためにアンダーを舞台上に押し出した。スカラではアンダーが常に舞台近くに控えている。」

【陰謀説について】

―アラーニャ:「10日劇場に行ったら入口に3人の男が控えており、自分に『お前を叩きのめしてやる』というジェスチャーをした。自分の楽屋ではアンダーが練習していたし、舞台裏では皆が自分を避けていた。」
―アラーニャ:「リスネール監督に対する陰謀があったのではと自問している。ムーティによって10年間スカラから遠ざけられていた自分をスカラに呼び戻したのはリスネール監督だからだ。スカラの総監督がフランス人であることを皆が好む訳ではないだろう。」
―フィガロ紙の批評家は、このルモンド紙へ発言を念頭に、「アラーニャの弁護士は陰謀説について発言しないよう彼に助言した。アラーニャが今まで陰謀の対象になったことは皆無だ。彼の議論は軽率に思える。」と書いています。

【「清きアイーダ」終わりの変ロ音について】

―アラーニャは初日は「un trono vicino al sol」の変ロ音を1オクターヴ下でもう一度繰り返したが、10日は、
アラーニャ:「シャーイと相談して、自分には気に入らないが、スカラの聴衆の気に入るように、伝統に従ってより早いテンポを採用し、最後の変ロ音を長く伸ばして終えることに決めた。」(10日に、1オクターヴ下の「un trono vicino al sol」をカットしたのか否かはこの発言からは不明瞭。)
―アラーニャ:「10日は前日の新聞評を考慮して、初日とは歌い方を変えた。批評はテンポが遅すぎると評したので、より早くした。また批評はロマンティック過ぎるとの意見だったので、より戦闘的に歌い、最後の高い変ロ音は、譜面にはピアノと書いてあるにも拘らず、強く発声した。そしたらブーが来た。」

(最後の「un trono vicino al sol」の低音での繰り返しは、通常譜には書かれてませんけど、校訂版の類には記されているのかどうかは確認してません。何方かご存知でしょうか?通常譜では最後の高い変ロ音は確かにピアノで、さらに「morendo」と記されてます。)

【コッリエーレ・デッラ・セーラ紙の初日評(パオロ・イゾッタ)】

―「アラーニャは発声上の問題を幾つか抱えている。彼が最後の高音を押し(spinge)、薄める(sbianca)仕方は、ウルマナのそれとかなり対照的だ。ウルマナのピアノとピアニッシモは「堅固に引き伸ばされている(appogiati)」が、アラーニャのは「ファルセットーネ」だ。

【アラーニャの健康状態はどうだったのか】

―アラーニャ:「05年末の入院以来1年間、健康的に難しい1年だった。血小板が低率など新陳代謝上の異常を診断されていた。しかし回復に向かい、今夏オランジュでの『アイーダ』は大変うまく行った。」
―アラーニャ:「初日の健康状態は良かった。しかし10日は、件の騒ぎの後、低血糖症の発作に見舞われ、楽屋に来た医師は血糖量通常1.10グラムのところ0.5グラムしかないと診断した。これでは続けることは出来なかったので、回復を待って3幕まで残っていたが、誰も話しに来なかった。」
―アラーニャの弁護士:「アラーニャはスカラに損害賠償を請求する訴訟を検討している。アラーニャはヤジによるショックが一部原因で、気分が悪くなり、それを証明する診断書もある。私はスカラにこの健康悪化を伝えたが、スカラは考慮を拒否した。」

【アラーニャ、最後の挑発】

アラーニャは14日、「アイーダ」上演開始15分前にスカラ前の広場に現れ、カメラの前で「バタフライ」のアリアを歌った。携帯で劇場の写真を撮り「最後のスカラの美しい思い出のために来た。いつ戻ってこれるか分からないから」と語った。

ネット音声で抜粋聴いただけですから、確信を持っては言えませんが、個人的には、彼の「清きアイーダ」はやはり声の緊張度が高く思え、彼の声質の限界を超えているとの批判は(loggionistaがそう判断してブーを掛けたのかどうかは別にして)ありうると思います。でも変ロ音についての彼の意見にも表われているように、彼も自分の声の限界は意識して、こうしたアプローチを採用したとも考えられますし、ラダメス役は確かにヒロイックな声が要求されるとは言え、「dolce」、「morendo」、「diminuendo」、「parlante pianissimo」などの表情指定が多いことにも特徴がある役と言えるでしょう。その限りでは、彼のラダメスには正当性があるし、彼の持てる声の範囲内では、それなりに優れた歌唱を実現してると言えると思います。
既に96年シャトレの仏語版「ドン・カルロス」の時も不安を覚えましたが、全く声の点でも不足のない出来でした。03年のバスティーユのマンリーコは、彼の声の範囲内では優れた歌唱ながら、やはりもう少し力強い推進力があったらなぁとか思ってしまい、そうした方向での批判には一理あると思いましたが、勿論個人的にはブーを掛けようなどとは思えない水準だったという印象です。ただこの種の批判の正当性も拒否する気にはなれません。
by 助六 (2006-12-15 12:25) 

助六

書き忘れ。

聞いてもいないのに僭越な発言であることを承知の上で、敢えて主観的想像を述べれば、アラーニャへのこうした批判に正当性を認めるにしても、全く同じ批判は、ウルマナやグエルフィにも恐らく当てはまると思うのです。
by 助六 (2006-12-15 12:33) 

keyaki

助六さん、貴重な情報とご意見ありがとうございます。
私も、知人には、ムーティとのことも関係あるんじゃないの、といったりしてました。推理ずきなもんで... アラーニャが言っていることと全く同じことを想像しちゃいました。(笑
考えることは一緒ですね。
それはともかく、今回の件は、劇場側の不手際につきるとおもいます。

今の世の中、なんでも「行き過ぎ」が横行しているとおもいます。
いじめの問題にしても、程度問題だとおもうんです適当なところでやめる...というのができない世の中になっているんでしょうね。徹底的にやってしまう....
今回の天井桟敷のブーイングにしても、それに対して、普通は、擁護の拍手とか、ブラヴォの応酬ということで、その場はおさまるはずなのに、やっぱり、度をこしたものだったのではないかとおもいます。どうしても大騒ぎしたいのであれば、カーテンコールでやるべきでしょう。

パロンビは、もともと第二キャストでずっと名前があがってましたが、突然出てきたフラッカーロはなんなんでしょう。10日に衣裳を着ていたというのが、前もってアラーニャが降板する(させる)が計画があったとしか思えませんね。謎は深まるばかりですね。

アラーニャのスカラ座の前でのパフォーマンス、なかなかやりますね。結果的に、劇場側が、アラーニャを降ろしたことになりますから、訴えられるのは、劇場側ですよね。
代役を立てるのなら、アラーニャ以上の歌手をもってこないとおかしいですね。フラッカーロは、単調な歌い方しかできない、といわれているようですし、人気ないみたいです。これが日本でしたら、さしずめジャコミーニをひっぱり出すのかな。
by keyaki (2006-12-15 13:54) 

Sardanapalus

YouTubeに当日の音声をアップした人がいますね。アリアの最後の低音の繰り返しは歌わなかったようですが、やはりニュース映像ではかなりカットされてるのが分かりますね。(コメント欄で「この音声は偽物」と言っている人もいますが、パロンビの登場に野次が飛んで、周囲の客が「シー!」と反応しているとこまで細工する人はいないでしょう^_^;)何度か通して聞いてみましたが、やっぱりスカラ座の対応はおかしいですね~。じっくり考えるほど対応の不味さに腹が立ってきます。私がその場にいたら、責任者を出せ!と詰め寄ってますよ。

助六さん>
多方面のコメントを紹介してくださってありがとうございます。お陰で状況が分かりやすいです。

>パロンビは如何にして急遽代役を務めたのか
いくら舞台袖にいて音楽を止める必要が無かったからって、そこで衣装を着けた代役ではなく私服のパロンビを使うというのが理解できません。舞台芸術を何だと思ってるのでしょうか。
by Sardanapalus (2006-12-15 16:36) 

yumemi

アラーニャの声がヒロイックでないと言っても、スカラ座はそれを承知で彼をラメダスに抜擢したんですよね?  私には今回のアイーダではあのグエルフィのとんでもない声のアモナズロはヴェルディの芸術に対する冒涜だと思います(言い過ぎで申し訳有りませんが、正直な意見です)。 ウルマーナは良い歌手だと思うけど、アイーダとしてはどうかは微妙です。 結局、劇場側のミスキャストですよね。

『天下の』スカラ座と言いますが、映像を観た限りでは、はっきり言ってあの豪華な演出とバレエ以外は『一体、どこが?』と思いました。 アラーニャのマンリーコ、キャンセルさえなければ、マドリッドで6月23日に観てきます。 
by yumemi (2006-12-15 17:09) 

yumemi

↑と書いたけど、同時期にフィリアノーティ、デヴィーア、ホロストロフスキーの『椿姫』を観にナポリに行く予定なのを忘れていました。 二つをつなげる事は可能だけど、フロンターリの声はそんなに好きではないので無理はしないかもしれません。

もしここにグエルフィのファンの方が居たら上のコメントを御許しくださいね。 いつもグエルフィがこういう声かどうか判りませんから、決してグエルフィがダメと言っている訳では有りません。 あくまでも今回のアイーダの映像を通して聴いた声についてのごく私的かつ正直な意見です。
by yumemi (2006-12-15 21:19) 

keyaki

yumemi さん
>ナポリに行く予定なのを忘れていました
あらら、演目はトロヴァトーレの方が魅力的ですけどね。

グエルフィも大活躍のバリトンですが、なんでもいいというわけではないですし、その時の調子もありますしね。聴いた方の率直な感想は、遠慮することはないとおもいます。異なる感想の方がいらっしゃれば、コメントされるとおもいますし。
私は、アモナズロが出てくる場面はまだ聴いてないのですが、先入観で、合わなさそう、、なんて思っちゃいました。こういうのはダメですネ。(笑
by keyaki (2006-12-15 23:20) 

keyaki

Sardanapalus さん
ほんと謎は深まるばかりですね。
しかし、歌手を守らない劇場は、ダメですよね。歌手あってのオペラハウスなのに、組織的におかしなことになっているようなかんじもしますね。多分、リスネルは、蚊帳の外だったような感じもしますね。
舞台監督って誰でしょうね。指揮者のシャイーもこういうトラブルには慣れていないということなのか、アラーニャが去ったのに、音楽を続けたというのが、なんとも不思議。
by keyaki (2006-12-15 23:29) 

keyaki

助六さん、
記事のトップに追記しましたが、
>「un trono vicino al sol」の低音での繰り返し
について、いつもお世話になっている「オペラ御殿」のミン吉さんが、解説を書いてくださいましたので、リンクしました。
こういうことまで知って、このロマンツァを聴かないと....勉強になりました。他の歌手がどう歌っているか興味が湧きます。
by keyaki (2006-12-15 23:39) 

普通の格好でアイーダの舞台にあがられても、金を払った客にしてみれば、たまらなく不愉快ですよねえ…
by (2006-12-16 18:07) 

YUKI

ご無沙汰しています。
今回のアラーニャの件、本当にアラーニャが凄く気の毒な気がしています。
仰るとおり、責任をアラーニャ個人に押し付けるのは残酷だと思います。
やはり聴衆があんな酷いブーイングを浴びせたんですからねぇ。
最初は拍手喝采だったのをそれを打ち消すかのようなブーイングでしたから。

アラーニャが途中退場という前代未聞の行動に出てしまったのはそれまでに彼はスカラ座の観客の要求の多さや難しさで悩んでいたのでは?・・・とも感じるんですよねぇ。
それで初日の後のインタビューでそのような事を言ってた事に観客が反発したのでは?・・・という推測もあるみたいです。
だからこの様なことをアラーニャに言わせたマスコミにも責任があるのでは?とも感じるんですよねぇ。

私も関連記事を書いていたのでTBさせて頂きました。
by YUKI (2006-12-16 19:20) 

keyaki

YUKIさん、TBありがとうございます。
途中退場が、前代未聞かどうかは分かりませんが、衣裳も着ない普段着の歌手が、舞台にしゃしゃり出たのは、前代未聞でしょうね。
一般の観客と、騒いだ観客は分けて考えた方がいいとおもいます。騒いだ人たちは、歌がどうのこうので騒ぐとは限らないようですよ。
いずれにしても、自分の考えをはっきり言う人は、嫌われるかもしれませんね。
今回の件は、劇場側の対応の不手際で、大騒動になったんだと思いますけどねぇ。
by keyaki (2006-12-16 21:30) 

keyaki

gonさん
ほんとに、どうかしてますよね。
だいたい、第二キャストのパロンビが、ちょうど舞台袖にいて、舞台監督(誰かしら?)が、彼を舞台に押し出したって.....まったく変な話ですよね。
歌手が途中で、倒れたり、気分が悪くなって、途中で、急に舞台を降りることはいくらでもあることでしょう。音楽を止めなかった方にも問題ありですよね。それを、さすがに....なんて言っている人たちは、やっぱり、スポーツと勘違いしているとしかおもえませんね。
by keyaki (2006-12-16 21:37) 

keyaki

ふくきちさん
チケット完売というのもアラーニャ効果だと思いますけどネ。
本人が降板すると言ったのならしかたがないですけど、アラーニャだから、チケット買った人は、頭にきますよね。
by keyaki (2006-12-16 22:01) 

YUKI

TB有難うございました。m(__)m
別の記事を書いてkeyakiさんの記事に参照リンクを貼らせて頂きましたので再びTBさせて頂きました。

色々見て周ると、今回の事件のブーイングは普通ではなくてアラーニャのコメントに反発した観客による妨害目的って気がしましたねぇ。
by YUKI (2006-12-17 13:24) 

ちなみに、9月に、改装したばかりのサル・プレイエルで彼のリサイタルを聴きましたが、高音はちょっと苦しい感じがあったものの、特に中音域ではいい声出していましたよ。パリのお客さんもあたたかい感じでした(そりゃそうでしょうが…)。
by (2006-12-17 21:00) 

たか

>最後の"un trono vicino al sol!"が、更にもう一回低音で付け加えられているめずらしいバージョン

だいぶ古い話題で恐縮ですが、このバージョンドミンゴのメットのビデオもそうなっています。あまりちゃんと見ていなかったので後になって気がつきました。実際の舞台では結構歌われているバージョンなのかも?

個人的にはアラーニャだったら楽譜通りppで歌ってくれるのではないかと期待していたのですが。ひょっとしたらスカラ座の天上桟敷の人もそうだったのかも?
by たか (2008-03-01 01:23) 

keyaki

たかさん、
>実際の舞台では結構歌われているバージョンなのかも?
どうなんでしょうね、1オクターブ下げて静かにピアニッシモで終るより、フォルテで張る方が、多いし、一般的に好まれるのかもしれませんね。
上の記事でも紹介しましたが、ミン吉さんによれば、トスカニーニ指揮の録音で、リチャード・タッカーが下げて終っているそうですが、後は、たかさんご指摘のレヴァイン指揮のドミンゴと、この時のアラーニャくらいのようです。
詳細は、下記リンク先の12月15日の日記にあります。
質問したのは私なんですけど.....
http://www.h5.dion.ne.jp/~goten/diario2006-2.htm

by keyaki (2008-03-02 01:49) 

たか

トスカニーニバージョンのオリジナルがどこにあるのか知りたいところですね。アラーニャは愛の妙薬の人知れぬ涙を別バージョンで歌ったり、ルチアやドン・カルロをフランス語バージョンで歌ったりしているので清きアイーダもきっと根拠があってやったのでしょう。

個人的にはフォルテで終わるよりも楽譜通りピアニッシモで終わる、もしくはそれが難しければトスカニーニ流にオクターブ下げてから静かに終わる方が音楽として優れていると思います。

多分アラーニャは自信を持ってピアニッシモにしたのにそこで野次られたので切れたのでしょう。もしスカラ座の天上桟敷の人がここをパバロッティ張りに張り上げることを期待していたとすれば楽譜を配ってもう少し勉強してもらう必要がありそうですね(笑)


by たか (2008-03-02 11:44) 

keyaki

たかさん、指揮者のシャイーと相談して、決めたそうです。世の中、とかく人気があって目立つ歌手に、風当たりが強いですからね。だって、2番手、3番手の、フラッカーロとかパロンビにはなにもないわけですから。
起ってしまったことは仕方がないので、あとそれをどう収集するかですが、観客は、やっぱり、アラーニャのラダメスを聞きたかったとおもいますね。

>アラーニャは愛の妙薬の人知れぬ涙を別バージョンで歌ったり
私も、リヨンのDVDではじめて聞きました。
by keyaki (2008-03-04 15:01) 

助六

古い話題を蒸し返して恐縮なんですが、昨晩シャンゼリゼ劇場でアラーニャのオケ伴リサイタルがありまして、他の演奏会もあったし迷ったのですが、オール・ヴェルディ・プロだと言うんで行ってみました。

こんなプログラム:
Orquesta Simfonica de Navarra
David Giménez, direction

Verdi : Macbeth, ouverture
"O Figli... Ah la paterna mano" (Macbeth)
Forza del destino, ouverture
"La vita e inferno" (Forza del destino)
"La mia Letizia" (I Lombardi)
"Celeste Aida" (Aida)
Lunge da lei (La Traviata)
Questo o quella (Rigoletto)
I Vespri Sicialiani, ouverture
Quando le sere (Luisa Miller)
Niun mi tema (Otello)

それで「清きアイーダ」なんですが、やっぱりオクターヴ下で繰り返すヴァージョン使ってましたわ。ただ最初の変ロ音をフォルテで引き伸ばすのはいいんですが、低音での繰り返しはピアノどころか、メッツォフォルテに近かった。これじゃこのヴァージョン使う意味あまりないような。

全プログラム通じて、声の緊張感がやや強くヴィブラートも所々広がり始めてます。「ルイザ・ミラー」のアリア聴いても、ピアノのレガートはちょっと難を見せ始めてますね。
マクダフのアリアさえ、97年のスカラでの歌唱より声の緊張度が高く思えました。
昨年のパリでのリサイタルは18-19世紀の仏オペラばかりで、こちらは見事だったんですが、昨晩は個人的には初めてアラーニャの声に下り坂の兆候を感じてしまいました。
アンコールのプッチーニ「マノン・レスコー」なんかは好調ですから、そう感じられたのは、やはりアラーニャの本領はヴェルディよりフランスものやヴェリズモで発揮されるというレパートリーの問題であると同時に、年齢的にも声にしなやかさが失われピアノの維持がきつくなってきているということかななどど想像しました。
オクターヴ下繰り返しヴァージョンを使って、かつピアニッシモで終えるわけでもないという選択は、この辺の事情とも関係があるのかも知れません。

もちろん誇り高い歌い口といい、今彼以上にヴェルディ歌えるテノールがいるとは思えませんが。

>パロンビは、もともと第二キャストでずっと名前があがってましたが、突然出てきたフラッカーロはなんなんでしょう。

この件については数ヵ月後、シャーイが仏誌のインタヴューで訊かれて語ってました。記憶による引用ですので勘違いがあるかもしれませんが、確か「アラーニャは初日にブーを受けた後大変神経質になっており、いつでも放棄して帰るようなことをほのめかしていた。それで2日目は私がフラッカーロを呼び、衣装を着けて待機するよう頼んだ」といった趣旨だったと思います。
by 助六 (2008-05-31 09:09) 

keyaki

助六さん
昨今、めずらしいですね。ヴェルディだけというのは。
ロンバルディの"La mia Letizia"まであるじゃないですか。
ワクワクするアリアばっかり。
テノールの本領発揮のヴェルディのこういうアリアは歌ってみたいでしょうね。

ミラノ・スカラ座の来シーズン幕開けは、ガッティ指揮《ドン・カルロ》ですが、どうなんでしょう。M.アルバレスが蹴っちゃったのでその代わりがフィリアノーティ、あとは、フルラネット、チェドリンス、ザージク....
サルミネンが、大審問官とフィリッポ両方歌うみたいです。サルミネンどうしちゃったの、というくらいボリスだのフィリッポだの、ワーグナーも歌いますし、このクラスの歌手は、重宝がられているということなんでしょうか.....

アラーニャのアイーダ事件、アラーニャによれば、確かに衣裳を着た奴がいたと言ってましたが、これが、第三の男フラッカーロで、実はシャーイが、こうなることを見越して衣裳を着けて待機させてたってことだったんですね。なるほど。
それなのに、舞台に飛び出したのは、私服の第二キャストのパロンビ、衣裳を着てなかったので、騒ぎに拍車がかかったんだと思うんですけど、第二キャストとしては、自分が出るしかないとおもったんでしょうか。シャーイも驚いたでしょうね。

来シーズンもアイーダを上演するようですが、フラッカーロ/リチートラというキャストです。
フラッカーロは、新国の開幕公演でカラフを歌うことになってます。2回目の登場だそうです。
by keyaki (2008-05-31 17:27) 

助六

>ミラノ・スカラ座の来シーズン幕開けは

keyakiさんから「ドン・カルロ」らしいと伺って、やっぱりスカラ開幕で「ドン・カルロ」となればどうしたって特別な雰囲気になるし、私も興味シンシンでした。

92年のときも興味引かれたけど、盛り過ぎたパヴァロッティ出演じゃ切符が大変なだけで、他のキャストは冴えんし演出がゼッフィレッリと来ちゃぁ今さら…とか思って、考えた末結局行かなかったんですが、10数年を経てみると、やっぱり行っとけばよかったかなぁなどと思ったりもするので。

でも今回も指揮・演出・キャスト見てやっぱりちょっと引けてしまってます。

フィリアノーティはアルバレスの代役だったんですか。結構行けるのではと期待してます。チェドリンスは5年前のトスカはまあまあだったけど数年前のトロヴァトーレのレオノーラは声の状態から言ってもちょっとガックリでしたので。ザージク、フルラネット、サルミネンは役の常連さんたちで、私も結構ぶつかってますし、是非もう一度聴きたいという感じではないんですよねぇ。

「ランスへの旅」もあれから20数年を経て、演出は先年ブリュッセルで見たら驚くほど古くなってないし、今の歌い手さんたちでもう一度スカラがやってみるのも面白いでしょうね。

「大聖堂の殺人」は一瞬反射的にライモンディだろうと思ったんですが…(笑)。
by 助六 (2008-06-01 07:38) 

keyaki

助六さん
>「大聖堂の殺人」は一瞬反射的にライモンディだろう
私もそう思いました.....
スカラ座側の説明によれば、ゲンチャが1958年に歌っているんで、その50周年記念だとか言ってますが......

>フィリアノーティはアルバレスの代役
アルバレスがスカラ座と喧嘩して、今後スカラ座には出ない!ということになって、フィリアノーティに決まったようです。
まだ発表前のゴタゴタなので、代役というわけでもないんでしょうけど。
チェドリンスは、イタリアでは特別人気があるようです。

トリノの方が、演目も歌手も魅力的!と言ってる人たちも多いようです。
アドリアナ・ルクヴルールにM.アルバレスも出ますし。
フリットリのタイスとか、アントナッチのメデアとか、スペードの女王のアニヤ・シリアとか.....
by keyaki (2008-06-01 10:00) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 3