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3.第1章:召命(父チェーザレとモリナーリ・プラデッリ) [ L.Magiera著:RR]

戦争も終わり、ルッジェーロは小学校に通い始めます。相変わらずオペラのレコードが大好きで、ゴッビの"Credo"を覚えて、家族の前で歌って聞かせたのです。父のチェーザレは吃驚、将来オペラ歌手に・・・と期待して、友人のボンジョヴァンニに相談します。

 「モリナーリ・プラデッリに助言をお願いしてみたらどうかな。でも、彼をあまりよく知らないし、電話で尋ねるのは、冒険だね。君も知ってるでしょう、マエストロが気難しい人だって......」

 ところが、予想もしないチャンスがチェーザレに救いの手をさしのべた。
 ボローニャの冬は寒いとはいえ、1月のあの朝は、急激に冷え込みその冬一番の寒さにみまわれた。チェーザレは、 街の中心にある"Due Torri"から数メートルのカスティリオーネ通りに最近新しい店舗を開いていた。今朝は、その店のショーウィンドウの準備のために早く起きた。事業は、非常にうまく行っていたが、彼は、最近流行の紳士用の毛皮のコレクション、目の玉が飛び出るほど高いものであるが、それをショーウィンドウに飾っていいものかどうかを長い間迷っていた。彼は、ついに陳列することに決めて、今、店のシャッターを上げながら、この最新のファッションにボローニャの得意先が反応するよう願った。

 ごくわずかの通行人は 零度以下の風に凍えて、ショーウィンドウをちらっと見るだけで通りすぎていった。
 「今日は期待できそうにないね。この寒さの中、誰がショーウィンドウを眺めるのに立ち止まったりするだろうか?」とチェーザレはつぶやいた。
 「あら、そうでもないようですよ。」ドーラは反論した。
 「あの紳士を見てご覧なさい、数分前からショーウィンドウの前に立ち止まって、あんなに薄い洋服だもんだから歯をガチガチいわせて震えているようですよ。どうかしたのかしらね、チェーザレ!」
 「ドーラ、あの人はモリナーリ・プラデッリその人ですよ!」とチェーザレは叫んだ。そして、あわてて、店のドアを開けてマエストロを迎え入れた。

 ここ数年、世界の音楽界において、モリナーリ・プラデッリの活躍は目覚ましいものがあった。ローマのアウグステオ合奏団(concerti dell'Augusteo)の常任指揮者の神話的なベルナルディーノ・モリナーリの弟子で、ボーローニャ出身の指揮者は、イタリア国内だけでなく、早くから世界的に有名になった。カルロ・アルベルト=カッペッリによって企画された優れた公演の指揮の他に、頻繁にスカラ座やRAI、更に国際的な大劇場にも客演していた。
 もちろん、性格は、様々な気難しい面を示した。マエストロは、まず情け容赦もない見下すような判断をするように同僚と歌手を細かく切り刻む習慣があった。
 オーケストラの指揮者の誇大妄想狂は、ソプラノやテノールの歌手達のそれを度々上回った。モリナーリ・プラデッリも、よく知られているヴィットーリオ・グイのそれに恐らく匹敵するくらい自尊心の強い指揮者として知られていた。それでもボーロニャの音楽マニアは彼を崇拝した。"Tombeur de femmes(レディー・キラー)"という彼の評判は、ボローニャのような愉快で無邪気な伝統文化の街において認められる魅力的なオーラを発散させていた。

 チェーザレは、マエストロがこの街の冬の気候に少しでもふさわしい方法でドレスアップするために来たのかを彼に尋ねた。
 モリナーリ・プラデッリは、ドーラが気づいたように、本当に歯をガチガチいわせてほとんどチアノーゼになった様子で、数分間、口をきくのにも苦労した。
 「なんと名誉なことでしょう、マエストロ。私の店にお出でいただけるとは。」チェーザレはフルートのようになめらかな声でささやいた。
 「あ、あ、あ、はい、ありがとう。」マエストロはまだ寒さで麻痺したあごで口ごもりながら言った。
 「あの角のバールのヴィスカルディから熱いパンチをお持ちいたしましょう」チェーザレは暖かい飲み物を持って来るように、店員を使いに走らせた。

 パンチはすぐにオーケストラの指揮者を暖めた。魔法にかかったようにいつものように口が達者になった。
 「あなたは、迷信を信じる方ですか? シニョール・チェーザレ」
彼は、返事を待たずに続けた。
 「今日は、17日の金曜日なので、いろいろいいことに巡り会うようです。私は、マジョルカのパルマでフィリッペスキとアラウジョの《アイーダ》の指揮をして帰ってきたばかりです。ご存知でしょう、あそこは温暖で穏やかな気候なんです。ところが、私がボローニャの飛行場に着いたのに私の荷物は全部ロンドンに行ってしまった....その中に私の冬服とコートの中に突っ込んだままの家の鍵が入っていたんですよ。こんなことをあなたに言ってもしかたがないですけどね。ホテルに電話するジェットーネさえ持っていない......」※電話専用のコイン

 「マエストロ、ホテルの部屋を見つけるのは至難の業ですよ。今日は、靴の見本市があるのでなんとピアチェンツァまで満室だと聞いてます。」
チェーザレは、臆面もなくうそをついた。 ー続くーLeone Magiera著"RUGGERO RAIMONDI"

※モリナーリ・プラデッリ:Molinari-Pradelli Francesco:指揮者 (1911 - 1996)
※ベルナルディーノ・モリナーリ:Bernardino Molinari:指揮者 (Roma 1880-1952)
※アウグステオ合奏団:concerti dell'Augusteo (1912-1943)
※マリオフィリッペスキ:Mario Filippeschi 1907-1979イタリア(T)
※コンスタンティーナ・アラウジョ:Constantina Araujo1928-1966ブラジル(S)


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コメント 5

あっはっは、パパってば…!
それにしても6歳のルッジェーロ少年のクレドって、聴いてみたいですねぇ。パパは何かに録音したりしてないのかしらん。
by (2005-10-28 00:19) 

Sardanapalus

パパ…(^_^;)さらりと口からでまかせですねぇ。情景が目に浮かぶようです。

>コートの中に突っ込んだままの家の鍵
マエストロ、いくらなんでも鍵は手荷物で持ち込みましょうよ、とつっこんでしまいました(笑)ブラデッリにとっては不運な日でも、パパにとってはまたとないチャンス到来!続きが楽しみです~。
by Sardanapalus (2005-10-28 06:19) 

euridice

>情景が目に浮かぶようです。
ほんとに^^!

>召命
・・ なるほどねぇ・・
by euridice (2005-10-28 06:36) 

ヴァラリン

フキダシ、かわいいです...(。-_-。)ポッ
by ヴァラリン (2005-10-28 07:30) 

TARO

こんな可愛い子が、いきなりイヤーゴのクレドを歌ったら、ちょっとショックが大きいかも。
もう少し後だったら、絶対に家族がテープレコーダーに録音してたでしょうけどね。終戦直後だとちょっと無理?
by TARO (2005-10-28 18:36) 

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