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RR共演者略歴カード その2 [RR関連]

 オペラ歌手と指揮者、演出家の簡単な略歴カードの追加です。
 今回の注目カードは、先頃91歳で亡くなった指揮者のジュリーニ
メゾソプラノのファスベンダールードヴィヒ、どちらも芸術一家の出ですね。ルードヴィヒは元ワルター・ベリー夫人だそうですが、執筆者がれいの井辻さんなんですけど.....この方、こういうことを書くのがお好きですね。
スペイン人テノールのペドロ・ラビルヘンアントニオ・オルドネス。このご両人は、謎のテノール、ルーベン・ドミンゲス絡みです。つまり、このときの《ドン・カルロ》に出演したのか、するはずだったかのテノールです。ペドロ・ラビルヘンは、彼の名前の広場もあるというスペインでは有名な歌手のようです。アントニオ・オルドネスは、この当時の新進若手テノールさんでした。
期待のドイツ人テノール、ヨナス・カウフマン。カードにリンクしたメトのデータベースにすてきな写真がいっぱいありますヨ。
それから、イタリア人バス歌手のレガッツォダルカンジェロ。二人とも今のところモーツァルトとかロッシーニ歌いなんでしょうね。
ダルカンジェロは、どうやら、突然、宗旨替えをしたのか《ドン・カルロ》のフィリッポに挑戦するようです。しかも、数あるイタリアの歌劇場ではなく、サンチャゴで歌うようです。なんででしょう....なんか関係あるのかしら? ご先祖様とか。サンチャゴってチリですよね。チリくんだりで歌うって?????
※左上の写真は、ダルカンジェロとライモンディ、共演ではなくダブルキャストのドン・バジリオ
下記のアーティスト名をクリックするとカードに飛びます。

指揮者

ジュリーニ,カルロ・マリア/Giulini, Carlo Maria/1914.05.09-2005.6.14 [イタリア]

女声歌手

ルートヴィヒ,クリスタ /Ludwig, Christa /1924.03.16- [ドイツ、ベルリン]Ms
ファスベンダー,ブリギッテ/Fassbänder, Brigitte /1939.07.03- [ドイツ、ベルリン]Ms
ジョルダーノ, ラウラ/Giordano, Laura/1979- [イタリア、パレルモ]S

男声歌手

ラビルヘン, ペドロ/Lavirgen, Pedro /1930.7.31- [スペイン]T
オルドネス,アントニオ/Ordonez, Antonio /不明 [スペイン]T
カウフマン,ヨナス/Kaufmann, Jonas /1969- [ドイツ、ミュンヘン]T
ロレンツォ,レガッツォ/Regazzo, Lorenzo /不明- [イタリア、ヴェネツィア]B
ダルカンジェロ,イルデブランド/D'Arcangelo, Ildebrando/1969-[イタリア、ペスカーラ]B-Br

間違いとか、更なる情報等ありましたらよろしくお願いします。

関連記事:2007-01-28 R.ライモンディ共演者略歴カード その1(11件)


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コメント 14

助六

よく知られてるこれど、ジュリーニは70年代オペラ劇場から遠ざかった後、「ファルスタッフ」で一度だけオペラに復帰しましたね。82年LAとロンドン、83年フィレンツェでした。LAでの録音が出てます。

しかし、バルレッタと言うのは、ヴェローナの側にもあったんですか。
プーリアのバルレッタだと思い込んでました。ボルツァーノ育ちの「北方的」指揮者だから、ヴェローナ辺りで生れてた方がそれらしいですね。
by 助六 (2007-02-07 10:20) 

euridice

>ルードヴィヒは元ワルター・ベリー夫人だそうですが、執筆者がれいの井辻さんなんですけど.....この方、こういうことを書くのがお好きですね。

はは^^; で、ちょっと検索してみました。
1957 年〜 1971年 ワルター・ベリーと結婚、
1972年にフランス人のstage-manager Jean-Emile Deiberと結婚だそうです。
by euridice (2007-02-07 14:23) 

keyaki

助六さん
>バルレッタと言うのは、ヴェローナの側もあったんですか
 
調べてみましたが、これ、怪しいです。出版されたものを参考に書いたのですが.....容貌からも北イタリアなので、ヴェローナの近郊にバルレッタと言う町があるんだ...と鵜呑みにしました。

イタリアのロードマップにもバーリのバルレッタしかのってないです。

イタリアのサイトで、バーリのバルレッタで生まれた。という記載を一件見つけました。あとは、全部バルレッタと書いてあるだけですが、これも考えてみれば、誰もが知っているバルレッタということに他ならない、ということは、やっぱり南イタリアのバルレッタということですよね。

日本語のHMVサイトには、更におかしなことになってます。

「カルロ・マリア・ジュリーニは、1914年5月9日、南イタリアのヴェローナ近郊、バルレッタという都市に、北イタリア出身の裕福な両親の息子として誕生しました。」
両親が、マントヴァの人というのは、イタリアのサイトにも記載がありましたので、北イタリアの人であることは間違いないでしょうけど。
私も、もうちょっと調べてみますが、なにかわかりましたらよろしくお願いします。

ファルスタッフは、コヴェントガーデンのは、ブルゾンとヌッチのですよね。あとは、スタバトマーテルのソリストと重なっていますね。LDで出ていて、とても好きなファルスタッフです。LAとフィレンツェは出演者も異なるんでしょうね。
by keyaki (2007-02-07 14:59) 

keyaki

euridiceさん
調べて下さってありがとうございます。
フレーニと同じようなかんじですね。中年離婚といいますか。
by keyaki (2007-02-07 15:02) 

keyaki

助六さん
ジュリーニの生まれた町は、間違いなく、アドリア海に面したバルレッタ(プーリア、バーリ県)でした。
80歳の時にお祝いの行事があったようで、1994年の記事を見つけました。
ALLE RADICI DI CARLO MARIA GIULINI
La nascita e gli anni dell'infanzia a Barletta
という見出しのながーーい記事です。

しかし、ドイツ語でもはっきり「ヴェローナのバルレッタで生まれた」と書いてあるのを発見。どうなっているんでしょう。

助六さんの指摘がなければ、私は、ヴェローナの近郊で生まれた..というほうを信じるところでした。前に話題なった、フイウメと同じですね。ありがとうございます。
by keyaki (2007-02-07 15:57) 

Bowles

ジュリーニ、ジュリーニ!!最後に彼の指揮を聴いたのは1998年のフィレンツェでしたから、ホントもう舞台に立った最後に近かったのではと思います。しかしそれでもあの端正な容姿、背筋の伸びた指揮姿は往年どおりでした。彼って、イーストウッドに似ていません?

ジュリーニの両親は北部の出身ですが、生まれたのはプーリアのあのバルレッタ。というかkeyakiさんもおっしゃっているとおり、USAではないので、イタリアにはバルレッタはあそこしかありませんよね。あの時代のことだから、わけはいろいろあるでしょうが。その後ごく幼い時にヴェローナ近郊に移り、その後ボルツァーノへ、という経歴を読んだことがあります、どこでだったかは忘れましたが。ヴェローナ近郊といっても、南のマントヴァ方面なのか、北の山岳地帯なのかがよくわかりませんが。

ダルカンジェロはつい最近ロンドンでエスカミーリョを歌いましたね。たしかに今後レパートリーを広げていくのかもしれない...。

ルードヴィヒはさよなら公演ということで来日してもとても彼女の人柄がよく出ているリサイタルをNHKホールで開いたのですが、あれは何年のことだったか。
--und ich wäre so gern Primadonna gewesenというけっさくな題の自叙伝があります。英訳の題は平凡だけど。晩年のバーンスタインが振った《キャンディード》の彼女の映像、あれが地でしょうね。
by Bowles (2007-02-08 09:42) 

keyaki

Bowlesさん、似てます、似てます、イーストウッドに。
若い頃より、年をとってからのほうが似てますね。

「南イタリア、プーリアのアドリア海に面した町、バルレッタで生まれる。両親は北イタリアのマントヴァ出身で、ジュリーニは、ボルツァーノ(南チロル)で育ち、ローマで音楽の勉強をはじめる。」
ということにしておきました。
ドイツとか日本で、ヴェローナ近郊のバルレッタ...という略歴が出ちゃったのは、誤訳でしょうね。

>ダルカンジェロはつい最近ロンドンでエスカミーリョを歌いましたね。
そうそう、ほんもののお馬さんに乗っての登場だったようですね。イタリアのフォーラムで、「イルディーかわいそうだったわ、馬なんかに乗せられちゃって、だって、バランス失いそうになって顔が青ざめてたもの、だから、歌もあんまりね....」というような話題がありました。
乗って出て、そのまま馬上で歌っちゃったってことなのかしら、そんなことないですよね。だって、おりて一緒に乾杯しないと......
by keyaki (2007-02-08 10:22) 

ヴァラリン

>>ダルカンジェロのエスカミーリョ@ROH
>乗って出て、そのまま馬上で歌っちゃったってことなのかしら、そんなことないですよね。だって、おりて一緒に乾杯しないと......

ロンドン在住の方々のブログによれば、そのまま馬上で歌っちゃったそうですよ。迫力ある歌声だったと仰る方もいれば、馬に乗ったのが裏目に出て、大したアクションがなかったのが物足りなかったと仰る方もいらっしゃるようです。

しかし、馬に乗って現れる必然性ってあるんでしょうか、この役に。
by ヴァラリン (2007-02-08 19:33) 

keyaki

>そのまま馬上で歌っちゃったそうですよ。
それって、単に乗馬になれてなくて、おりられなかっただけじゃないの。
馬に乗って現れる必然性があるのはですね、映画と同じで、山の中でしょうね。この場面で、馬に乗って、現れてないとしたら、やっぱり、一人で、かっこよく馬に乗ったり、おりたりができないってことでしょうね。
新国にも馬がでるかなぁ.......
by keyaki (2007-02-08 21:27) 

ヴァラリン

>おりられなかった

なるほど。決闘の場面はどうだったのか、何方も触れていらっしゃいませんね…やっぱり一般的には、エスカミーリョはトレアドールソングだけの為の役ってこと?^^;

>新国にも馬がでるかなぁ.......

いやん。そんなオソロシイこと仰らないで下さい(笑)
鈍そうだから、馬に乗ることすらできなさそうだもん。ホセどころか、馬に蹴っ飛ばされて怪我でもしたら大変です!!
(椅子から飛び降りるのすら、微妙に着地に失敗したのに…)
by ヴァラリン (2007-02-08 22:22) 

TARO

ペドロ・ラビルヘンは日本でも高く評価されたテノールですね。
来日してたしか「道化師」と、もしかすると「オテロ」も歌ったかも。
藤原の公演だったと思いますが、ちょっと記憶があいまい。チャンスがあれば調べておきます。
by TARO (2007-02-10 16:28) 

keyaki

TAROさん、ありがとうございます。
「藤原 ラビルヘン」で検索してみました。
1973年1月28・30日/2月1・3日で、ドン・ホセがヒットしましたが、藤原の公演記録で演目は全部網羅されているようですが、出演者は、かなり抜けてますので、道化師とかオテロも可能性ありますね。

バルセロナのドン・カルロは、ラビルヘンが出演予定だったことがわかって、カレーラスが出るはずだったのではという私の推測は、みごとにはずれたようです。カレーラスのかなり充実した出演記録(ファンが作成)によれば、このドン・カルロのプレミエの前日に、同劇場で、コンサートをやってるんですよね。
ですから、このドン・カルロは、ペドロ・ラビルヘンか、アントニオ・オルドネスのどちらか、おそらく、ラビルヘンかな、が歌う予定だったが、体調をくずしたかで、ドミンゲスの登場となったんでしょうね。ラビルヘンだったら、と残念です。

そう、そう、YouTubeで、運命の力の最後の場面、決闘だ!と言っても、躊躇して、なかなか剣をとろうとしない、という場面ですけど、が見られますが、相手がカップチッリなんですけど、なかなか面白いです。
http://www.youtube.com/watch?v=ntT4kuF8Wtg
カバリエとのノルマもあります。
http://www.youtube.com/watch?v=i-OwIFDXo4Q&mode=related&search=
by keyaki (2007-02-10 20:08) 

TARO

>カバリエとのノルマ

こんな映像があるんですか。しかも YOU TUBE でこのぐらいですから、もとの映像はかなりの良い画質ですよね。うわー、これは全曲みたいなあ・・・
しかもカバリエ様のお美しいことといったら。つけ睫毛も素敵!

そういえば昨日ようやく全部DLしました。よかった消えないで。>ランス
by TARO (2007-02-11 14:31) 

keyaki

TAROさん、
このカバリエのど迫力には、みとれてしまいました。
ランスへの旅、ダウンロードできましたか、よかったです。このカバリエが、周りの若い歌手さんたちが気をつかっているんですが、大丈夫よ、ほっといて、みたいなかんじで愉快です。
by keyaki (2007-02-11 19:56) 

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