So-net無料ブログ作成

ドン・ジョヴァンニとレポレッロ(バキエとライモンディの場合) [ドン・ジョヴァンニ]

 昨年の11月4日のガブリエル・バキエとルッジェーロ・ライモンディの座談会の《ドン・ジョヴァンニ》に関する部分を紹介します。
 TAROさんのブログの『モーツァルト・オペラの声』に、ドン・ジョヴァンニとレポレッロの『声』に関して、とても分かり易く書かれていて、参考になりますのでリンクさせてもらいました。
 簡単に言えば、基本的にドン・ジョヴァンニ=貴族=バリトン、レポレッロ=平民=バスということなのですが、実際には、指揮者や演出家によって、また歌手自身によっても変わってきます。
 ルッジェーロ・ライモンディは、「私は、バリトンの役も歌えなくはないバス」と言っているように、バスに分類されますが、ドン・ジョヴァンニ歌手として有名で、レポレッロは歌っていません。
 ガブリエル・バキエ(1924.05.17- )は、バリトンで、もともとドン・ジョヴァンニを歌っていましたが、ライモンディと共演の場合は、常にレポレッロを歌っています。バリトンでレポレッロはめずらしいのではないでしょうか。
 私の知っている範囲でみてみると、バスは、レポレッロとドン・ジョヴァンニ両方を歌っている歌手が多く、一方バリトンで、レポレッロを歌っている歌手は少ないような感じを受けますので、例外はあるが、基本に従っているということでしょうね。バスで両役を歌っている歌手を思いつくままあげてみますと、シュロット、フルラネット、ヴァン.ダム、レイミー、ターフェル、ダルカンジェロ、パペ、テオ・アダムもかな、ドン・ジョヴァンニだけの方がめずらしいということでしょうか。一方バリトンで両方歌っている歌手は、ちょっと思いつきません。

バキエとライモンディの共演は、《ドン・ジョヴァンニ》《セビリアの理髪師》《ドン・キショット》の3演目です。
その中の《セビリアの理髪師》では、ライモンディが陰口のアリアを歌う時、即興でいろいろおかしなことをやるんでね.....なんていうバキエの話の後に続く、《ドン・ジョヴァンニ》の部分です。そう、そう、バキエが《ドン・ジョヴァンニ》ではバナナを投げられたヨ....と話していました。(ライモンディって、球技の全国ジュニアの選手だっただけあって、いろいろものを投げるのがお得意なようで、スカルピアの時もスポレッタにステッキを投げたり本を投げたりしていますね、おっと脱線、脱線)
司会者:
何人かの演出家たちのためにあなた方が作り上げたものというと、もっとも驚くべきコンビはレポレッロとドン・ジョヴァンニです。各人物像は実際、それぞれ一方の歪んだ似姿のようなものだという以上の、二人の間に魅力があるものになっていたからです。二つの役を歌ったバキエさんのキャリアの進化は、ライモンディのドン・ジョヴァンニと比べて、召使いの認識において、影響を受けましたか。とすれば、どういう風に?

バキエ:
完璧に影響を受けたよ。長い間ドン・ジョヴァンニ役を歌ってきて、レポレッロ役に戻ったわけだから、全く当然影響があったということだ。それがどういうことか分かっていたからね。ドン・ジョヴァンニのことを知っていたから、ドン・ジョヴァンニ役をすばらしいと思うことができたし、その役をまねしようとすることができたから。それによって、考えるのを終わりにして、彼に口答えしながらもいつも目くばせがあったし、彼に腹を立ててさえ、実際のところ行き過ぎることは決してなかった、結局、こういうのがレポレッロのあるべき姿なんだよ。レポレッロは決して第一であるべきではない。常に「はい。でも」があるんだ。彼はドン・ジョヴァンニとそういう距離感で話しかける。

司会者:
でも、「はい、でも」という召使いに対して、主人はどう応じたのですか。

ライモンディ:
ドン・ジョヴァンニは周囲の人たちからの感嘆がなければ、生きて行けないのですよ。悪意に満ちたものであれ、良いものであれ、なんであれです。 こういう風に人物像を創造します。ドン・ジョヴァンニを演じている間、このように理解しています。レポレッロは主人に対してなんらかの感嘆の気持ちを持っていなければならないのです。彼は主人に対して非常にいじの悪いことを言うこともありますが、次の瞬間、彼は常に感嘆していて、最後に主人に「ノーと言いなさい」と言うときには、恐らく主人が大好きで、愛してさえいるです。常に賞賛の気持ちがあるのです。今日、ドン・ジョヴァンニを舞台にかけるとき、常にドン・ジョヴァンニを破壊すると言う考えでやることがあります。そういうふうにするとき、このオペラはもはや意味をなしません。ドン・ジョヴァンニとは、自由な精神です。

バキエ:
彼はたとえ炎の中にあっても、生き続けるに違いないのです。

ライモンディ:まさしくその通りです。

司会者:
ルジェーロ、あなたは、ガブリエルがやったように、レポレッロを歌うという考えはありましたか。それについて考えましたか。

ライモンディ:えぇ、考えました。

司会者:なぜしなかったのですか。

ライモンディ:なぜかというと……

バキエ:私が先にやったからだよね。(笑)

ライモンディ:全くその通りです。

司会者:実際のところはどうなのですか。

ライモンディ:
考えたことはありますが、実際は、レポレッロをやることは、私には無理だったのです。私にとってそれは…. よくわからないのですが、やらなかった…

司会者:レポレッロのオファーはありましたか。

ライモンディ:
数回ありました。でも引き受けませんでした。私はドン・ジョヴァンニに留まりました。

バキエ:
体格も気質もドン・ジョヴァンニ向きなんだから、なんだってレポレッロを歌いたいなんて悩むんだ?

ライモンディ:
いや、そうじゃなくて、とても興味があるのです。それに、Pesqué 夫人が、この二人の人物における「鏡に映った似姿」的側面についてうまく語ったことがあります。お互いにとって、他方に変装するという喜びがあります。ドン・ジョヴァンニについては永遠に語り続けることができます。そして、すべて、意味があるでしょう。これらの解釈のひとつひとつが、人々がこの人物について考えることを反映しているからです。もちろん、私たちも何時間でも話すことができますが、それぞれ、ドン・ジョヴァンニに関する自分の考えがあって、将来にわたって変わらないと思うものもあります。だから、ドン・ジョヴァンニに関してとてもよいことは全ての人に受け入れられる人物を創造することです。

バキエ:
大多数を喜ばせるのはもっとも難しいが、常にそうだというわけではない。人生もにたようなものだ。私はおわかりのようにぺらぺらとよくしゃべるが、家にいるときは、だらけた年寄り犬だ。わかる? そうそうそうなんだ。道化も同じだ。人前では道化だが、一人のときは、だれでもない。元気なくふさぎこんでいるというわけだ。私もまったくひとりぼっちのときはすっかりふさぎこんでいるんだ。落ち込んではいられないのは君といっしょにいるときというわけだ。これが道化気質というものだが、これと似てるね。レポレッロ役をやり始めたとき、ドン・ジョヴァンニ役はやめたんだが、両方歌ったのは、ドン・ジョヴァンニの再演の幾つかをやらないわけにはいかなかったからなんだ。つい両方歌って、毎回「あ、失礼、ごめんなさい」って言ってた。最初はロジェ・ソワイエとの共演で、ドン・ジョヴァンニをやってたんだけど、一部はレポレッロだった。(笑)

司会者:劇場は倹約できたわけだ。

バキエ:
あ、そうだ、聞いてよ、できた話をするから。ある日、リゴレットで、外国だった、ルクセンブルクだが、正確な場所はもうわからないが、メンバーだったモネ劇場を去った後だとおもう。
(当時は原語で歌うのは禁止されていたということなので、彼はフランス語で歌い始める。一幕スパラフチーレと出会う場面前のリゴレットのソロを歌う)スパラフチーレが来ない。バスがやってこない。だから、私が全部歌った。一番難しかったのは最後のところの" Va, va, va! "だった。そこにはだれもいなかったんだから(笑)
気違いじみてるけど、できるっていうことを言うために話してるんだ。自分にむかって答えたわけだ。「信じる?」「はい!」こういうパントマイムをやったわけだ。

ライモンディ:凄い!


この後、脱線気味ですが、バキエの舞台での面白可笑しい話がつづきます。

《ドン・ジョヴァンニ》関連記事:
モナコ公国カロリーヌ王女のインタビュー 「内気なドン・ジョヴァンニ」
モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ 」1967ー2005
RRと指揮者(1)コリン・デイヴィス ("ドン・ジョヴァンニ"ピアノリハーサル)
<フィガロX伯爵> <ドン・ジョヴァンニXレポレッロ>
RRと指揮者(3)リッカルド・シャイー ("ドン・ジョヴァンニ"リハーサル)
32才の時のドン・ジョヴァンニ
クイズ:ドン・ジョヴァンニ"Fin ch'han del vino"
ドン・ジョヴァンニ歌手の「ドン・ジョヴァンニ」観
映画「ドン・ジョヴァンニ」 Ankenbrand著
謎の写真:ドン・ジョヴァンニ
ウィーンのドン・ジョヴァンニ
NYメトのドン・ジョヴァンニ
豪華版DVD(仏)ロージー監督《ドン・ジョヴァンニ》
米国では失敗?ロージー監督《ドン・ジョヴァンニ》
指揮者マゼール:ドキュメンタリーOPERA-FILM《ドン・ジョヴァンニ》
ロージー監督:ドキュメンタリーOPERA-FILM《ドン・ジョヴァンニ》
シェロー:ドキュメンタリーOPERA-FILM《ドン・ジョヴァンニ》
歌手たち:ドキュメンタリーOPERA-FILM《ドン・ジョヴァンニ》
最後に:ドキュメンタリーOPERA-FILM《ドン・ジョヴァンニ》
オペラ歌手のオペラ演出:1986年《ドン・ジョヴァンニ》
オペラ歌手のオペラ演出:1996年《ドン・ジョヴァンニ》
《ドン・ジョヴァンニ》26→42歳"シャンパンの歌"


nice!(0)  コメント(17)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 0

コメント 17

ヴァラリン

うわぁ、タイムリー(笑)
(「早くレポレッロのレポ書いてよ!!」ってハッパかけられているような気がするのは、穿ちすぎっていうか、自意識過剰かしら?^^;)
それはさておき、D.G.とレポレッロの関係について、色々考えている最中だったので、こういう記事は有難いです。参考にさせていただきますね。

バキエさん、ショルティ盤のCDでもレポレッロなんですけど(D.Gはヴァイクル、これはバリトン×バリトンの組み合わせですね)私も、バリトンのレポレッロは珍しいなぁ、と思いつつ、聞きなおしていたところでした。
by ヴァラリン (2007-01-14 18:35) 

TARO

バリトンで両方ともというとターフェルが・・・と思いましたが、バスの面子にはいってましたね。
もしかすると最近はバリトンのレポレッロそのものが、あまり流行らなくなってるんでしょうか?昔はウィーンのエーリヒ・クンツやミュンヘンのベンノ・クッシェなど、喜劇役者ともいうべきバリトノ・ブッフォの名歌手が、レポレッロを得意にしていたようですが。
プライとF=Dとか、バスティアニーニのドン・ジョヴァンニにゴッビのレポレッロなんて実現してたら凄そうですけど。
by TARO (2007-01-14 18:46) 

keyaki

ヴァラリンさん、もちろんハッパかけてまぁす。(笑

>ショルティ
この座談会、バキエさんは、引退しているので言いたい放題、どこまでが本当のはなしかわからないんですけど、ショルティの悪口言ってました。後日取り上げたいと思っています。
by keyaki (2007-01-14 19:40) 

keyaki

TAROさん、ターフェルはよくわかりませんね。
バリトンになっているのもありますけど、レパートリーに一貫性がない、まあ、バス・バリトンというとこでしょうか。

>プライとF=D
これはありそうですけど、ないですか? 

>バスティアニーニのドン・ジョヴァンニにゴッビのレポレッロ
この頃のイタリア人歌手は、モーツァルトなんかわざわざ歌わんでもいいわい...だったんでしょうか、それほど熱心ではなかったのかも、そもそもレパートリーなんでしょうか?
ゴッビは、ドン・ジョヴァンニを歌っているようですから、ゴッビのドン・ジョヴァンニとバスティアニーニのレポレッロの方が、ありそうな気がします。ゴッビのレポレッロって、気を許せないかんじだし。(笑
by keyaki (2007-01-14 20:01) 

Bowles

バリトンで両方歌っているというのですぐに思い浮かぶのが、スパニョーリ。彼はれっきとした(?)バリートノですから。それからタッデイ。ブルゾンはレポレッロは歌っていないでしょうね。
by Bowles (2007-01-15 06:11) 

keyaki

Bowlesさん
スパニョーリは、ドン・ジョヴァンニを歌っているのは知っていましたが、レポレッロも歌っているんですか。
スパニョーリの場合は、ヴェルディとかプッチーニの有名なバリトン役を歌わない(そうですよね)んで、両方歌っちゃうということでしょうか。

タッデイも両方でしたか、だとするとブルゾンもどこかで歌っているかもしれませんね。
こういうのって、ほんとわからないですね。
ルーチョ・ガッロもバリトンですよね。両方歌ってますね。

れっきとしたバリトンかどうかを見分ける方法は、リゴレットとかマクベスとか理髪師の方のフィガロを歌っているかどうか....でしょうか。つまり、ライモンディが歌ってない役。(笑
by keyaki (2007-01-15 08:33) 

Sardanapalus

バキエさん言いたい放題って感じですね(笑)楽しいインタビューの雰囲気が伝わってきます。

確かにバリトンでレポレッロを歌っている人は少ないですよね。私が実際に聞いた中で一番バリトンっぽかったのはジョナサン・レマルですが、彼もバリトンというよりもバス=バリトンですよね。この前のメト来日ではマゼットだったし!(^_^;)個人的にはレポレッロはバスの声の方が好みです。
by Sardanapalus (2007-01-15 14:03) 

TARO

プライもF=Dもレポレッロは歌ってないと思います。二人ともドン・ジョヴァンニが持ち役ですからねえ。完全な主役/脇役=役柄上も主従関係になってるので、やりにくいのかも。上下関係がついちゃう感じで。
フィガロだと同じ主従関係でも、従のほうがタイトルロールでしかも聞きばえするアリアに恵まれてますから、ちょっと違うと思うんですが。

>ゴッビのレポレッロ

もちろんすべての黒幕はレポレッロなんですよ。イヤーゴみたいな感じね。(笑

ナターレ・デ・カロリスあたりはマゼットも含めた3役を歌ってないでしょうかね。でも彼もバス・バリトンなのかな?
by TARO (2007-01-15 14:18) 

keyaki

Sardanapalusさん
フィガロの結婚のフィガロだと、まあタイトルロールだからバリトンでもフィガロを歌いたいというのはあるかもしれませんが、ドン・ジョヴァンニはやっぱりドン・ジョヴァンニのほうがいいでしょうからね、おのずとバリトンのレポレッロは少なくなるということでしょうね。
キーンリサイドもレポレッロ歌ってませんしね。

バキエさん、しゃべりだすと止まらないみたいで、話が脱線していくので、司会者が話を戻すのに苦労しているようでした。
テーブルに置いてあったボンボンを食べようとしたら、ライモンディにやめたほうがいいんじゃないの、ととめられて、「口を閉めるためだよ」なんて言ってますし、パヴァロッティのこともとんでもない奴だよ、みたいなことを言ってます。(笑
by keyaki (2007-01-15 14:47) 

keyaki

TAROさん
>二人ともドン・ジョヴァンニが持ち役
そうですよね。二人ともバリトンですから、当たり前ということでしょうけど。
ライモンディもドン・ジョヴァンニが持ち役ということにしておきたかったんでしょうね。誰かさんのようにレパートリーを増やすことよりも。
バキエも言っているように、「なんでレポレッロなんか歌いたいって悩むの?」ということですよね。

>ナターレ・デ・カロリス
マゼット、レポレッロ、ドン・ジョヴァンニ歌っているようですが、バスのようですね。
でも、理髪師のフィガロ歌っちゃってますね。バスからバリトンに転向したのかしら? ヴェルディをほとんど歌ってないので判断つきませんが。
最近は、イタリア人歌手でも、ロッシーニとモーツァルトで、くいっぱぐれがないってことなのかしら? それとも安全運転志向??
by keyaki (2007-01-15 15:13) 

助六

モーツァルトの女声初演歌手たちのモーツァルト役履歴は、現代のイメージからすると意外なものが多くて、なかなか示唆的だと思うんですけど、男声歌手については、割と当たり前の結論しか出てこないんですよね。ジョヴァンニとレポレッロにしても然り。でも興味深い話もないわけではありません。

モーツァルト時代にはまだ「バリトン」の声域が確立してなかったから、ジョヴァンニもレポレッロも「バッソ」とだけ記されてます。バリトンが独立声域として確立するのはドニゼッティ時代、1820年代からだけれど、ドイツ語圏では18世紀終わりから、テノールとバスの間を指す「メッツォ・テノーレ」「バリートノ」という伊語が使われ始めたようです。

ジョヴァンニを創唱したのは、1787年プラハ初演ではルイージ・バッシ(当時21歳)、88年ヴィーン上演ではフランチェスコ・アルベルタレッリ(生年不詳)で、レポレッロは、プラハがフェリーチェ・ポンツィアーニ(生年不詳)、ヴィーンがフランチェスコ・ベヌッチ(当時43歳)でした。
アルベルタレッリやポンツィアーニの年齢が分かっていないのが残念ですが、若いジョヴァンニとおっさんのレポレッロという組み合わせだった可能性もあるということですね。
レポレッロはジョヴァンニの主人としての権威に抵抗したり、教訓垂れてみたりして単なる従者じゃないし、ジョヴァンニの共犯的同行者だから、ジョヴァンニのクローンという色彩も濃厚で、シェロー演出なんかそれを強調してましたね。ですから年齢的にも同じくらいの方がシックリ来る気もするんですが。

ジョヴァンニの創唱者バッシは、86年の「フィガロ」プラハ上演で伯爵を歌ってます。当時の歌手が多くそうだったようにバスの他「メッツォ・テノーレ」(バリートノより高い)まで歌っており、彼について1809年に「かつては大変美しいテノールの声だったが、今はダメ」なんていう証言が残ってるそうですから、高めの声だったと思われます。
ヴィーン上演のジョヴァンニのアルベルタレッリがモーツァルトの他の役を歌った記録はありませんが、モーツァルトが彼のために書いたアンフォッシのオペラ用の代替アリアからして、やはり高域に特徴のある声だったと思われます。
ですからモーツァルトは、ジョヴァンニに高めの声を想定してたんでしょうね。ロッシーニの「セヴィリャ」のアルマヴィーヴァを創唱したバリテノーレのガルシアが、フェランド、タミーノのみならず、ジョヴァンニ(移調した可能性もあるようですが)やグリエルモまで歌っていることを考えても、19世紀前半までジョヴァンニの声のイメージは高めだったことが窺えると思います。
バッシは後年、すでに荘重・マジメにやられることが多くなっていたジョヴァンニ解釈に不満を述べ、2幕フィナーレにしてもプラハ初演時は厳格に拍子を保持することはなく、毎上演コミカルなタッチを自在に変化させて上演し、モーツァルトもそう望んだという述懐を残しているそうです。ちょっと面白いかも。

レポレッロの創唱者ポンツィアーニについては、殆ど情報が残っていないそうです。
ヴィーン上演のレポレッロだったベヌッチは、86年にフィガロを、90年にグリエルモを創唱しています。そのほかパイジェッロの「セヴィリャ」のバルトロも歌ってますから、やはりバリトンよりバスに近かったのでしょう。

いずれにせよモーツァルトは、レポレッロにジョヴァンニより低い声を、フィガロに伯爵より低い声を想定していたと考えられるというアタリマエの結論しか出てきませんね。他の男性モーツァルト歌手たちの役履歴を見ても同じ結論ですが、面白いこともあります。
by 助六 (2007-01-21 11:05) 

NO NAME

まず91年にタミーノを創唱したベネディクト・シャック(当時33歳)は、92年に独語版オッターヴィオの他、何と同年独語版「フィガロ」の伯爵も歌ってます。

ザラストロの創唱者、フランツ=グザヴィーア・ガール(当時27歳)は、F-D1のバスの声だったと言い、「魔笛」以前にオスミンも歌っていますが、面白いの独語版フィガロの他、ジョヴァンニも歌っていることです。ギャウロフがジョヴァンニ歌ってるようなもんでしょうかね。

ちなみに、この二人の「魔笛」初演歌手ですが、シャックは大学で哲学と医学を学び、モーツァルトの父レオポルトに付いて作曲もやり、フルートも吹いたそうです。ガールも大学で物理と論理学を学び、作曲もし、芝居の役者としても活動してるそうです。「魔笛」は場末の民衆向け劇場のために書かれたはずなのに、意味深なメッセージも多数含んでいるところが不思議ですが、初演歌手たちの経歴見ると、少し雰囲気に想像つく気もしますね。
シャックは96年からミュンヘン宮廷劇場のメンバーになりますし、91年ヴィーンを訪れたシュレーダーという高名なマネージャーは、「ヴィーンではシャックとガールを聞け」とアドヴァイスされたと言いますから、「魔笛」の初演歌手達は、「民衆向け歌芝居」から漠然と想像される以上の、宮廷劇場に劣らないレヴェルの歌手たちだったのかも知れません。

さて「後宮」のオスミンを創唱したのは、ルートヴィッヒ・フィッシャーという人(当時37歳)で、当時独最大のバスと言われ、パリやロンドンにも招かれています。D1-A3の2オクターヴ半に及ぶ声域を持っていたと言い、「チェロの深さとテノールの高さを併せ持つ」なんて言われています。やはり後にザラストロ、フィガロの他、ジョヴァンニも歌ってます。まあテノールっぽくさえあったんだから、ジョヴァンニも歌えたでしょうね。

2役以上歌った記録がある男性モーツァルト歌手たちの役履歴をまとめると、
バッシ: ジョヴァンニ-伯爵 (高め)
ベヌッチ: フィガロ-レポレッロ-グリエルモ (低め)
シャック: タミーノ-オッターヴィオ(独)-伯爵(独) (テノール)
ガール: オスミン-ザラストロ-ジョヴァンニ(独)-フィガロ(独) (バス)
フィッシャー: オスミン-ザラストロ-ジョヴァンニ-フィガロ (上も出るバス)
ついでに、
バリオーニ: オッターヴィオ(87年プラハ初演)-ティト(91年初演)
アダムベルガー(43年生れ): ベルモンテ(82年初演)-フォーゲルザング(「劇場支配人」86年初演)

要するに、
ジョヴァンニはレポレッロより高め、
伯爵はフィガロより高め、
でも当時からザラストロやフィガロ歌うバスもジョヴァンニ歌ってる、
ということですね。
やはり当時から、古典派とロマン派、荘重とコミカル両面にまたがり、感情や性格のレンジも桁外れに広くて複雑なドン・ジョヴァンニという役は、対応する声のイメージも広かったということでしょうか。

長くなりすみません。当方のアタマの整理兼ねて、ご参考まで。
by NO NAME (2007-01-21 11:07) 

keyaki

助六さん、長いの大歓迎です。まとめたものが読めるのはありがたいです。とても参考になります。

確かに、ドン・ジョヴァンニは、
>古典派とロマン派、荘重とコミカル両面にまたがり、感情や性格のレンジも桁外れに広くて複雑なドン・ジョヴァンニという役は、対応する声のイメージも広かった

なるほど、その通りだとおもいます。
ドン・ジョヴァンニは、フィガロの伯爵よりも、抵抗なくバスが歌うという伝統もあるのでしょうね。
おそらくシエピもレポレッロは歌っていないのではないかとおもいます。
ライモンディも16歳の時、ヴェルディ音楽院のオーディションで、一番だったそうですが、審査員達は、『君は歌手になるために、すべてを犠牲にしなければならない。君は世界一すばらしいドン・ジョヴァンニになれる。君はそれにふさわしい声とぴったりの容姿を持っている。』と大喜びだったそうです。
ということは、ドン・ジョヴァンニは、「特別」な役で、なかなか容姿共にふさわしい歌手が出て来ないということなんでしょうね。
by keyaki (2007-01-21 18:13) 

Bowles

keyakiさん、凄い凄い!!
フランスのODBのサイトから直接ここに飛んできてみました!!
by Bowles (2007-01-23 19:00) 

keyaki

Bowles さん
なに?なに?
>フランスのODBのサイトから直接ここに飛んできてみました!!
え! どこかにリンクされてましたか?

最近、グーグルが、多分日本語のサイトも軒並み勝手に検索で出るようにしたようなかんじなんですよ、海外では、検索に引っかからないように、日本語表記を心がけているんですけど.....
先日、NHKでもグーグルを取り上げてましたけど、あそこって、ロボット検索なんで、自分たちでも、もうわからなくなってるのではないかと疑っちゃいました。グーグル帝国だの、世界を支配するとか、株式市場を支配するだの、おっそろしいことが、本社の落書きパネルに書いてあるんですよね。実際、グーグルに振り回されている人が増えているみたいですね。
by keyaki (2007-01-24 10:00) 

Bowles

RRとバキエの対談を企画したフランスのオペラ・ファン・サイト、ODBに「この日本語訳はこちらをクリック」という箇所があって、そこからkeyakiさんのところへ直につながっています。

http://odb-opera.com/

ジェレミ氏のところですね。
by Bowles (2007-01-25 10:18) 

keyaki

Bowlesさん
ほんと、リンクされてますね。ネットはリンクフリーが原則なんでいいんですけど、でも中途半端なんですけど....ネ。
バキエのおしゃべりが面白いですけど、???が多くて....

ジェレミ君って、背も高くてかっこいい青年ですよね。
まだ学生のようですけど、将来は音楽評論家にでもなるのかしら?
by keyaki (2007-01-25 13:56) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0