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オペラファンならニヤリ!とする映画(8)《フィッツカラルド》エルナーニ [映画:オペラ関連]

フィツカラルド1982年ヴェルナー・ヘルツォーク監督、クラウス・キンスキー、クラウディア・カルディナーレ主演《フィッツカラルド》、どういう内容かは左の写真をクリックしていただくとだいたいわかるとおもいます。
この映画、最初に見たのは、多分、オペラに興味を持つ前だったとおもいます。原住民の首狩り族が出て来たり、船を山越えさせるシーンが強烈で、そもそもこんなことをした目的がなんだったのかも忘れてしまうような映画でした。《エルナーニ》にはじまり、ベリーニの《清教徒 "A te, o cara" 》で終わります。その他、ボエーム、道化師、リゴレット等使われています。

主人公のフィッツカラルドは、一応実業家なんでしょうね、カルーソー命のオペラ狂、アンデスに鉄道を敷く計画が頓挫して破産、沼地のボロ家に住んでいますが、子供たちを集めて、というか勝手に集まってくるようですが、子供と豚にカルーソーのレコードを聴かせています。夢は、ここペルーのイキトス(Iquitos)にりっぱな歌劇場を建て、カルーソーを呼ぶこと、そのための資金作りのお話です。
映画は、アマゾンを約2000キロ、小さなボートで下って、マナウスのアマゾナス劇場で上演中のカルーソー主演のオペラ《エルナーニ》を見に行くところからはじまります。
なんとか《エルナーニ》が終わる前に滑り込み、念願の生カルーソーを見ることができ、ますます歌劇場建設の狂気ともいえる夢の実現にのめり込むことになるのです。(右のビデオクリップをどうぞ、カルーソーの声は、ヴェリアノ・ルケッティ)
19世紀末の南米は、天然ゴムで巨万の富を得たヨーロッパの農園主たちが贅沢三昧、映画の中でもカルーソーとサラ・ベルナールを共演させてしまったり、台詞にも、「ここの金持ちは、ポルトガルで下着を洗濯させる」なんてのがありました。このアマゾナス劇場にしても、ゴム景気に乗って1986年にイタリア・ルネッサンス様式で建造された劇場で、その建築資材はヨーロッパから運ばれ、アール・ヌーボー、ベネチア様式などを取り入れ造られたもので、アマゾンのジャングルではなく、ヨーロッパの都市にいるのかとおもうほど、豪華なものなのです。
フィッツカラルドの夢は、このマナウスの更に奥地に歌劇場を建てることなのです。自分で建設資金を確保するためには、天然ゴムしかありません。しかし、もう、近場のゴムの木のジャングルは買い占められ、容易く手に入る所は、残っていなかったのです。そこでフィッツカラルドは、更にアマゾン上流の前人未踏の未開地に目をつけ、一攫千金を狙うことになるのです。誰もまだ手をつけていないのには理由があるわけで、そこに行くには、首狩り族がいたり、ゴムを伐採しても「ボンゴの急流」という難所があり、船で下流運べないので、誰も手を出していなかったのです。なんとか船と乗組員を調達して、いざ出発! 
ここからは、見ないと説明しても面白くないので、割愛。
で、フィッツカラルドは、首狩り族に殺されることもなく、急流に飲み込まれることもなく、一命はとりとめたものの、計画としては無惨な失敗に終わるのです。
ラストで、フィッツカラルドは、ヨーロッパからアマゾナス劇場にオペラの公演に来ていた楽団、オペラ歌手、合唱団全員を招き、船上で《清教徒》を上演しながら、船はアマゾン河をゆっくり下っていきます。フィッツカラルドは、全財産を失いながらも満面の笑みを浮かべるのでした。
■左上ビデオクリップ:
映画の《エルナーニ》の舞台と同じ場面、パヴァロッティ、ミッチェル、ライモンディ。エルヴィーラとの婚礼の夜、シルヴァが現れ、エルナーニに『角笛が鳴るとき死ぬ』という誓いの履行を迫ります。《エルナーニ》は、ヴェルディの「三大荒唐無稽オペラ」の一つだそうですが、このフィナーレ、まともなのは女だけ、いつの世も男は・・・・しかし、エルヴィーラさん、かなり辛辣なことを言ってます。あんなことを言った後で、命乞いをしてもだめでしょう。
■この映画でわからないのが、《エルナーニ》のオペラシーンで、舞台上では、フランス女優のサラ・ベルナールが演じていることになっていて、舞台下でソプラノが歌っていますが、このサラ・ベルナールが男にしか見えないのです。これが、サラ・ベルナールというふれこみだけだということを強調するためであれば、カルーソーもにせものということでしょうか。
参考:
・サラ・ベルナール(Sarah Bernhardt, 1844.10.22 – 1923.3.26仏)舞台女優。
・エンリーコ・カルーソー1873.02.27-1921.08.02
・マナウス(Manaus):ブラジル北部にある都市。19世紀に天然ゴムの集積地として開かれて以来、アマゾン内部の経済、交通および流通の要衝都市として繁栄して来た。現在の人口は約150万人で、ブラジルのアマゾン地域最大の都市である。
《続き》があります:
■2006-08-01の記事《フィッツカラルド》:清教徒
■fitzcarraldo-cast詳細


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コメント 13

euridice

>サラ・ベルナール
映画の中の舞台に登場したのは奇妙な女優さんでしたね・・・
ちょっと検索してみました。
やはり男が演じているということです。(Jean-Claude Dreyfuss)
サラ・ベルナールは1915年右足を切断して木製義足を使っていたそうです。映画のシナリオにも「木製の義足は町中のうわさだ」という台詞があるらしい。

>カルーソー役は、ヴェリアノ・ルケッティ
歌手で声だけ。見えているのは俳優でCostante Moret。

ああいうことが歴史的にあったかどうか不明だけど、なかったとしたら、すっごいアイディアだって批評(ニューヨークタイムズ)あり。
by euridice (2006-07-30 23:58) 

keyaki

euridiceさん、調べて下さってありがとう。

ということは、監督の真意は、ゴム成金なんて、騙すのはちょろいだろうから、こういうこともあっただろうということでしょうか。つまり、サラ・ベルナールもカルーソーもにせもので、興行主は大儲けということかしら。
それとも、あくまで、あれは本物のサラ・ベルナールとカルーソーのつもりですか?

ちょっとまって、1915年以降義足ということは、少なくとも71才以上、ということは、年をとって、厚化粧しているという設定なのかしら。だとすると、この映画では、本物のサラ・ベルナールとカルーソーのつもりということですけど、なんかややこしい、どっちなんでしょう。

>ヴェリアノ・ルケッティ
は、ライモンディとの共演がけっこう多くて、ライブCDでよく聴いてますので、声は彼だというのはわかりました。でもヴェリアノ・ルケッティは、けっこう背が高い方なのに、小さいな、と思ってました。やっぱり俳優さんだったのですね。
by keyaki (2006-07-31 00:23) 

Sardanapalus

わ~この映画、私もあの山越えシーンがかなり印象に残っています。しかも、あそこまでしながら夢は諦めて帰ってくるって、見ていてかなり疲れる映画なのであまり得意ではありません(^_^;)でも、川を上りながら「密林の中にもオペラを聞かせるんだ!」と船の屋根に蓄音機を載せてレコードをかける場面と、妙にリアルなドキュメンタリー感は好きです。

>ああいうことが歴史的にあったかどうか不明
どうやらこういう夢というか野望を持っていたフィッツジェラルドさんは実在したようですが、ああいうルートを本当に辿ったのかどうかはどうでしょうね?監督自身もオペラ好きでいっぱい演出もしているようなので、実在人物+監督自身の夢という感じなのではないでしょうか。
by Sardanapalus (2006-07-31 01:28) 

keyaki

Sardanapalusさん、
>「密林の中にもオペラを聞かせるんだ!」
オペラ好きって、多かれ少なかれ、自分の好きなものを聴かせたいというか、無理矢理聴かせてちゃうってところがありますよね。私もちょっとそうかもしれない。(笑

船の山越えが成功して、喜んで酒盛りして寝ている間に、誰かが綱を切って、船がアマゾン河に滑り落ちちゃうんですよね。今までの苦労も水の泡、ほんとに疲れる映画ですよね。
船の山越えシーンはまさにドキュメンタリーですよね。実際にやったということですから。
by keyaki (2006-07-31 02:51) 

euridice

>ああいうことが歴史的にあったかどうか
この「ああいうこと」というのは、あのオペラ・シーンのことです。このニューヨークタイムズの批評によれば、「船の山越え」よりも「このオペラ・シーン」がはるかにおもしろいということです。

あのシーン、歌手と俳優が同一人物なのはシルヴァ役だけ。
by euridice (2006-07-31 06:34) 

keyaki

>ニューヨークタイムズの批評によれば、「船の山越え」よりも「このオペラ・シーン」がはるかにおもしろいということです。
この批評家はオペラが好きで、オペラにも詳しいんでしょうね。日本ではそうでもないようですが、映画の批評家にはオペラの知識が必要ですよね。
私もオペラをみるようになる前は、このシーンは、特別気になりませんでしたが、今は、一番気になる面白いシーンなんです。
フィッツがカルーソーが自分のことを指差したと感激しますが、これも○○と目が合った、なんていうのと同じですよね。(笑

サラ・ベルナールが義足になってからも舞台に立ったそうですから、全部"にせもの"ではなく、本物の、フランス大女優と本物のカルーソーという設定でしょうね。(ニセモノ説は私が言ってるだけですから)
いくらアマゾンの奥地とはいえ、観客はみなさんヨーロッパから来た人たちですから、だますのは無理がありますね。
男の俳優をつかったのは、70才過ぎてからは、あんな感じだったということでしょうね。
サラ・ベルナールのトスカのポスターに雰囲気が似てなくもないような気もしますし。
by keyaki (2006-07-31 07:58) 

keyaki

ブラジルにも行っているようです。
足を切断しなければならなかった事故というのは、どうやら、ブラジルでの《トスカ》の公演でのことらしいです。
最後の飛び降りる場面で、大道具係が下にマットを敷くのを忘れたために骨折、それで、数年後に膝から下を切断しなければならなかったそうです。

サラ・ベルナールの回想録も出版されていますから、こういうことを踏まえてヘルツォークは脚本を書いたんですね。
なぜ、男の俳優を使ったかは、やっぱりちょっぴり疑問ですけど。

カルーソーもアマゾナス劇場で客演しているそうです。
by keyaki (2006-07-31 08:57) 

助六

フィツカラルドには実在のモデルがあり、Carlos Fermin Fitzcarraldというぺルーの大ゴム商人(1862-97)だそうです。映画の通り、ゴム搬出のための新ルート開発・地峡越えの鉄道敷設を企て、94年4月に蒸気船コンタマーナ号で調査旅行に出発、2ヶ月かかって船に標高500メートルの山越えを成功させた由。但し船をまるごと運んだのではなく、分解しての山越えとのこと。原住民との衝突・殺戮も史実のようです。その後97年5月に商品の他、鉄道建設の材料を載せて船でイキトスを出発し、船の急流横断の際に操縦用鎖が切れて、船は岩に激突、溺れかけた同僚を救出しようとして本人も35歳で溺死とのことです。

ヘルツォーク自身は船の山越えのシーンを思い付いたのはは、ブルターニュの巨石遺跡を見て、どうやって運んだのかと自問したのがきっかけとかも語ってるらしいのですが、これはハッタリでしょうかね。

実在のフィツカラルドはオペラに関心はあったそうですが、イキトスにオペラ劇場建設の夢を持ってたというのはヘルツォークの創作のようですね。
マナウス劇場の杮落としは、97年1月の「ジョコンダ」だそうですから、商売上マナウスと関係があったフィツカラルドが出資してたか、主席してた可能性はあるでしょうが。

カルーソーのマナウス客演は、独版ウィキペディア、独ラジオ局のルポ共に、なかったとしています。

http://de.wikipedia.org/wiki/Enrico_Caruso
http://72.14.221.104/search?q=cache:WhjQecDT-SUJ:www.swr.de/swr2/programm/extra/lateinamerika/schauplaetze/2006/01/06/beitrag1.html+caruso+manaus&hl=ja&gl=fr&ct=clnk&cd=12

件のオペラ・シーンについては、「現地でマナウスにカルーソー、ベルナール、アンナ・パヴロワが客演したという噂が流布してるが、ウソ」というような書き方をしてる英語のブラジル情報サイトもありますが、映画による噂なのか、それ以前からある噂なのかは不明瞭です。映画にはパヴロワは出てきましたっけ?
独ラジオ・サイトも「カルーソーが客演したという噂が流布しており、ヘルツォーク映画もその伝説に貢献」とかボカシた書き方をしてます。

http://72.14.221.104/search?q=cache:_GGiNeNSajMJ:www.brazzil.com/2003/html/articles/sep03/p124sep03.htm+caruso+manaus&hl=ja&gl=fr&ct=clnk&cd=9

この映画の脚本はヘルツォーク自身になっていて、原作は明記されてませんが、タネ本はないんでしょうかね。フィツカラルドの伝記の類は手にしてるでしょうが、オペラの夢に結びつけたのは、ヘルツォークの独創の可能性も充分ある訳ですが。
by 助六 (2006-07-31 11:06) 

keyaki

助六さん、いろんな情報があるんですね。
日本語の個人の観光案内のサイトにも、この映画のことは言及していないのですが「カルーソー、アナ・バブロヴァなど、オペラ、バレーの最高峰が来演した。」と書かれていいますので、もしかしたら、アマゾナス劇場で、観光客にそういう紹介をしている可能性もあるかもしれません。実際に行ってみればわかるのでしょうけど。観光ガイドってどの程度信頼性があるんでしょうね。
また、「観光で訪れたパパロッチ(パヴァロッティのことでしょうね)が、感動のあまり、自ら望んでこのステージで歌ったというエピソードもある。」ということですが、ドミンゴさえ行ってないのに、パヴァロッティが行ったってほんとかしら??
ネット上では、映画に関係なく、カルーソーが歌ったというのは一人歩きしてますね。

映画では、バブロヴァのことはふれてません。
ニューヨークの批評家が言っているように、カルーソーとサラ・ベルナールの共演なんて、すっごいアイデア、さすが映画監督ですね。
by keyaki (2006-07-31 20:55) 

助六

なるほどー。多分現地では映画以前から、カルーソー・ベルナール・パヴロワ来演の言い伝えがあって、劇場ではガイドがそう解説したりしてるんでしょうね。そういう伝説が定着するくらい、アマゾン奥地に出現した劇場が絢爛だったということでしょう。
ヘルツォークも若い頃世界放浪しててペルーにも行ってるし、「アギーレ」もペルーでロケしてるから、ブラジルのマナウスにも行って、現地でそういう話を耳にした可能性も高いですね。

ジャン=クロード・ドレフュスは、70年代パリの小劇場で女装役を得意にしてて、ベルナール、ディートリッヒ、ストライザンドなんかに扮してたらしいから、ヘルツォークは、どこからかその噂を聞いたかアドヴァイスされたかで起用したんじゃないでしょうかね。オペラに女装・男装はつきものだし、フィツカラルドの誇大妄想、アマゾン奥地の豪華劇場といったバロック・イメージにもピタリ呼応するということで。私の想像ですが。
by 助六 (2006-08-01 08:36) 

たか

keyakiさん、きのけんさん こんばんは

フィッツカラルドは山を越える船とクラウス・キンスキー(ナスターシャ・キンスキーの父)の快演(怪演?)が印象的な映画でした。この映画、DVDは日本盤は出ていないのでしょうか。もう一度見てみたいものです。
テノールの声はルケッティだったのですか。彼は3大テナーと同世代で損をしたかもしれませんが明るい良い声のテノールだったと思います。来日は81年のスカラのシモンとヴェルレクぐらいでしょうか? 生で聞けなくて残念です。夫人はソプラノのエミッタ・シーゲレなんだそうですね。
by たか (2006-08-02 23:23) 

keyaki

たかさん
>DVDは日本盤は出ていないのでしょうか
日本盤でてます。アマゾンでは売り切れのようですが、他のところでは一応注文できるようです。
http://shopping.yahoo.co.jp/p:87315:domain=dvd

>夫人はソプラノのエミッタ・シーゲレ
そうなんですか。ビデオクリップで紹介したシーンですが、《エルナーニ》のエルヴィーラをなぜかジャン=クロード・ドレフュスという男の俳優がやってますが、歌はミエッタ・シーゲレです。夫婦共演ですね。
by keyaki (2006-08-03 00:53) 

たか

>DVD
情報ありがとうございます。注文してみます。

>シーゲレ
シーゲレはNHKイタリア歌劇団の蝶々夫人やミミでおなじみですね。
なんて言いながら聞いてないくせに(^^;
ヘルツオークは歌手と俳優は別々にする人なんですね。
by たか (2006-08-03 22:47) 

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