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エスカミーリョ;舞台《カルメン》その1 [カルメン]

映画、フランチェスコ・ロージ監督の《カルメン》の次は、舞台でのエスカミーリョ

《カルメン》前奏曲  アバド指揮
1984年ミラノ・スカラ座の開幕公演は《カルメン》、アバド指揮、ファジョーニ演出、シャーリー・ヴァーレット、ドミンゴ、ライモンディと豪華なキャスト。公演の後半は、バルツァとカレーラス組みで、エスカミーリョは、全公演通して、ライモンディだった。
※《カルメン》エスカミーリョの記録1980〜1988

1980年、ルッジェーロ・ライモンディの初エスカミーリョ
  ライモンディの歌手生活のハイライトには、もうひとつの役も含まれる。それは、主として、ひとつのすばらしいアリアがあることで、だれもが知っている。オペラ「カルメン」の闘牛士の歌のエスカミーリョだ。このものすごく有名な曲の繰り返し部分は、ドイツ語訳では、"Auf, in den Kampf..."(さあ、闘いに・・・)で始まる。だれもがことあるごとにこの歌を歌ったり、口笛で吹いたりする。この歌はほとんど、闘争心、激励、それどころか、ものすごくいい気分を象徴するメロディーになった。

  エスカミーリョはかならずしもひとりの人間ではなく、男のひとつの類型だ。成功した、朗々として輝かしい、恐れを知らない大胆な英雄。スペイン人なら誰でも、とりわけ女性ならだれでもが、感嘆するような男。ビゼーは彼のエスカミーリョに、効果的な登場音楽と、それにぴったりのアリア、三幕にはしばしば削除されるホセとの二重唱、終わりにはカルメンとの歌われる対話を書いた。観客に大受けする曲があっても、演劇的には適当な間に合わせの存在として扱われているように見える。要するに、カルメンは軟弱な男の深情けにうんざりしているのだ。彼女は自由恋愛の女で、自分自身にだけ誠実なのだということをみんな知っている。闘牛士も彼女のことは聞いていて、相当に露骨な申し出をする。それどころか、彼は、彼女に思い出させるために、嫉妬に狂ったホセに刺し殺される危険を冒してまで、山中まで追ってくる。だが、こういうことをするのは、所詮、名誉の、加えて、女の問題なのだ。角とナイフには共通性がある。すわなち、どちらも鋭くとがっている・・・

  ルッジェーロ・ライモンディは、表面的に見れば、深いドラマチックな展開をほとんど提供しない、この役から一体何を引き出すことができるのか。しかしながら、彼は外見的に闘牛士のイメージにまさにぴったりと一致していて、すでに述べたように、芝居がかった大げさな身振りに習熟している上、二幕のあの「曲」のための力強い、暗い音色のバスの声を備えている。そういうわけで、彼はこのスペイン的男らしさの妄想のシンボルを避けて通るわけにはいかない。たぶん、何か彼の要求と一致するものを見つけられるか、あるいは、達成できるだろう。「私にとって役の演劇的側面こそが最も重要です。その役がルッジェーロ・ライモンディにとって何を意味するのか、その役が私の表現の可能性にとってどんな価値があるのかを知ることが大事です」

  ビゼー「カルメン」全4幕1980年、パリ。「カルメン」の初演の場所で、ファジョーニが、ライモンディ、ベルガンサ、ドミンゴと共に、この作品を演出している。この結果、ライモンディは本物の闘牛士になった。この役の専門家になった。そして、演出に大いに貢献した。彼は「エスカミーリョ」を、とても印象的かつ感動的に描き出した。そして、それが有効に機能したということは、フランスのテレビの生中継が証明した。
  エスカミーリョは大勢の若い娘たちを伴って登場、その挨拶はスニガの熱狂的な感謝を受ける。壇の上に飛び乗ると、舞台は一瞬にして闘牛場になる。彼がとても信じられないような力でひどく暴力的に群衆の中にその「闘いの最中にも A la batille」の歌をほうりなげ、たたきつけたものだから、だれもが、公演の間は、この種の大衆娯楽と彼らの主役が、場所によっては、熱狂をもって迎えられることを理解し、それが実際のところ、動物虐待なのだということを忘れていた。
  この役はこの歌の間に変化する。すなわち、カルメンが一度、ちょっとの間、雄牛の立場を引き受けるが、その時、虚栄心もあらわに、皮肉っぽく、優雅に言い寄る、エスカミーリョは見えない敵と闘っているように見える。そして、そのあと、彼は雄牛のふりをする。たぶん、いつその気になるか、カルメンをひそかに観察しているのだ。すぐにではなくても、彼は彼女を物にするに決まっているのだ。ライモンディのエスカミーリョが、さりげなく儀礼的に手にキスをして、別れを告げるとき、彼が彼女を物にするであろうことは間違いないことがはっきりわかる。
  多くのバリトンやバスがエスカミーリョを歌っているが、完璧に要求を満たす者はほとんどいない。声、あるいは、身体つきが不十分だったり、こっけいな印象を与えずに、ある種の虚栄心に満ちた高慢さを表現することができなかったりする。ライモンディはこのプロダクションで、全くぴったりと言えるほどに、この曲芸を見事にやり遂げた。何年もの間、このオペラで、二番目の男が心に留められたことはなかったのだが、再び彼に目が向けられた。エスカミーリョはライモンディのお陰で、その演劇的重要性を取り戻し、それによって、カルメンの対極にある人物になった。すなわち、彼もまた、自らに対してのみ誠実であり、おそらくは他人を犠牲にしても、自分のその時の感情に任せて自由奔放な生活を楽しむ人間だ。彼とカルメンは結局はうまくいかないだろう。彼らは似すぎている。彼女は非業の死を遂げる。彼もまた、運が悪ければ、いつか闘牛場から運び出されるだろう。二人とも、宿命的挑戦者であって、この作品における、真のパートナーなのだ。ー続くー
イルミニア・マリア・アンケンブランド著"ルッジェーロ・ライモンディ仮面の人
(左上写真:画質は悪いがこの公演のDVDが発売されている)

関連記事:
2006-07-08 F.ロージ監督 OPERA-FILM《カルメン》その1
2006-07-09 F.ロージ監督 OPERA-FILM《カルメン》その2
2006-07-10 F.ロージ監督 OPERA-FILM《カルメン》その3
参考:
映画「カルメン」キャスト詳細

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