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フランチェスコ・ロージ監督 OPERA-FILM《カルメン》その1 [《カルメン》FILMとオペラ]

お友達ブログで《カルメン》が話題になっていますので、R.ライモンディのエスカミーリョについてまとめていきます。パリ、ミラノ、ウィーンで歌っていますが、まず、映画から。

ビゼー作曲の《カルメン》の闘牛士エスカミーリョは、ライモンディ自身魅力を感じない役のため積極的にやろうと思ったことはないようだ。
1980年、パリで、はじめてエスカミーリョを歌った。これは、オペラ座総支配人ロルフ・リーバーマンに、ぜひにと言われたからである。パリでは、なんと10年ぶりの上演、注1)エジンバラ音楽祭のプロダクションを持って来たものでTV中継された。キャストは、豪華で、ベルガンサ、ドミンゴ、リチャレッリ、そして当時、OPERA-FILM《ドン・ジョヴァンニ》がすでに封切られ、パリでは大人気のライモンディを出演させれば、四大歌手の夢のような顔合わせの公演となり、成功間違い無しだった。
その後、OPERA-FILM《ドン・ジョヴァンニ》に続く第2作目としてフランチェスコ・ロージ監督《カルメン》を制作することになった。映画会社ゴーモンの会長は、「《カルメン》はフランスでは《ドン・ジョヴァンニ》の二倍のチケットが売れた。外国で売れたチケットの総枚数に相当する。カルメンは実質的に成功だった。」と語っている。
エスカミーリョ

   フランチェスコ・ロージ監督の映画《カルメン》は、カルロス・サウラのバレー映画の影に隠れて進行した。監督はあるインタビューで、その意図を説明した。彼としては、女性解放というテーマを追究したいのであって、オペラ自体にはそれほど興味がない。しかし、彼は、エスカミーリョも、その俳優も、みんなと同じように、気に入っていた。
 1983年7月、スペインでの撮影までに、ライモンディは乗馬を習わなければならなかった。彼にとって、馬というのは問題だった。この巨大な動物が鼻孔を膨らませて彼に向かって来ると、彼はもう完全に心ここにあらずだった。けれども、用心のために持参した大量の人参がこの怪物を手なずけた。確かに馬は彼を蹴飛ばさなかったけれど、さしあたり、彼の言うことを聞かずに行ってしまった。それでも、贈賄が功を奏したのか、あとで、彼と馬はなんとか友だちになった。彼は、こういう方法で、まったくついでに、著しく体重を落とすことができたと白状した。これは見落としてはいけない重要なことだ。ロージーが思い描いていたのは、単なる乗馬愛好家のアマチュア騎手ではなく、まさにそれらしく動く闘牛士だ。そういうわけで、これもまた、もちろん本物の闘牛場で、本当の生徒のように練習して身につけた。でも、牛は、奇妙な手作りの偽物の牛を使った。日本人の観光客たちが、正真正銘、本物の闘牛の牛だと思って、写真に撮った。つまり、この牛は実に効果的で説得力があったのは間違いない。
 この映画は闘牛ではじまるので、すぐに魅力的な映像が見られる。つまり、エスカミーリョ、すなわち、ライモンディが大写しになるのだ。彼は歓声をあげる群衆によって、すばらしい共同体に呼び込まれた「御神輿」として、闘牛場の外へかつぎ出される。(右上ビデオクリップ)
 そして、非常に様式的で趣味がよいけれど、どちらかと言えば、冷たい感じのする フラメンコ -- これは間違いなく意図的なものだ -- が踊られている間、大農園の客たちの間にちょっと退屈そうに座っている。
 街へ行く途中、ジプシーたちが、彼の馬車を止める。彼は、同行の上流階級の女性たちの非難の眼差しをしりめに、馬車からおりて、ジプシーの酒場で、闘牛士の歌を歌う。カルメンは、ここでは、手ぼうきに似ていなくもない小悪魔のような人物として演じられているが、ブリキの鏡で彼を自分の方へと誘う。
 あとでは、闘牛場の観客席に座っている。エスカミーリョは衆人環視の中で、彼女に特別の忠誠の証として、自分のケープを彼女に贈り、愛を宣言する歌を歌う。このエスカミーリョとこのカルメンを目にすると、ちょっと変な感じがする。というのは、男優、ライモンディを通して、ある意味すでに存在しているはずの闘牛士とジプシー女の間の社会的な溝が、なおいっそう深くなったのが見えるからだ。彼は馬上の男で、そこに彼女はのぼりたがっている。ホセは彼女によって自分の駄馬から引きずり降ろされる。彼女にとって、同じレベルが重要なのだ。彼女は一人の男と対等に付き合う。このいい考えにもかかわらず、すでに述べた他の事柄とは調和しない。
 ところで、ライモンディのためにもうひとつの登場シーンが新たに作られた。闘いの直前の闘牛士の着替えと祈りの儀式である。エスカミーリョは、非常に伝統的な衣装のひとつにキスして、ものすごく真剣な表情で、まがいものっぽい家庭祭壇にゆっくりと歩み入る。こういう祈る人という横顔から、注2)「人生は長編小説である」と同じように、非常に強い印象を与えるとう効果が一度ならず得られる。(左上ビデオクリップ:2幕終わり〜3幕はじめ) なぜなら、個々の画像こそが映画を見る価値のあるものにするからだ。だが、全体的に見れば、彼は過度の期待に応えてはいない。ライモンディにとって、それは映画に関するもうひとつの経験だった。新たな映画の予定は今のところないと、彼は昔の質問に応えて明言した。つまり「でも、本当に私の興味をひくような映画なら、すぐにでもやりたいです」ということだ。

 1984年に亡くなったジョセフ・ロージーが、当時彼に読むようにとシナリオを渡した。これは彼をドキドキさせた。彼は、サウジアラビア王国の再興者、イブン・サウドを演じることになっていた。この計画は砂の中に消えてしまった。血圧があがってドキドキするような興奮を呼び起こす、仕事の依頼を、ライモンディは待っているのだろうか。だれもがそういうことがありうると思っている。
Carmen
 マスコミはこの映画「カルメン」について、どちらかと言えば、分裂気味な反応を示したが、いろいろあるなかで、ライモンディへの賛歌も見つけることができた。
 ジュリア・ミゲネスのカルメンなのに、この事件の名称は、ルッジェーロ・ライモンディだ。すでにジョセフ・ロージーのドン・ジョヴァンニで途方もなくすばらしかったイタリア人は、新たな映画で、歌唱と演技は、異なる二つの別々の物であるべきではないということを証明している。彼のエスカミーリョは、単純に言って、もはやこれ以上によくなることはあり得ないと、だれもが確かに認めるところだろう。この人には優れた演劇俳優としての才能があると思われる。(Bild und Funk 映画評)
イルミニア・マリア・アンケンブランド著"ルッジェーロ・ライモンディ仮面の人"


注1)指揮アバド、ベルガンサ、ドミンゴ、フレーニ、クラウゼ、演出ピエロ・ファジョーニ、舞台衣裳エツィオ・フリジェリオの、エジンバラ音楽祭のプロダクションを借りたもので、初め指揮もアバドと発表されたが、アバドは同音楽祭と同じくロンドン響が、オケ・ピットに入ることを要求したため流れてしまい、結局指揮はピエール・デルヴォーが当たっ
注2)アラン・レネ監督の映画、ライモンディは俳優として出演した。詳細は こちら


参考:2006-06-19映画「カルメン」キャスト詳細

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コメント 9

ヴァラリン

リンクして下さって、ありがとうございます(^^!
うひゃひゃ。コレだけ派手にエスカミーリョが扱われていると、素直に素敵!と思えますね。
劇場だと、こういう感じでは絶対にできませんものね。
私の方は、今はまだ「トレアドール」三昧ってところです(^^; 少しずつ馴染んで行ければ…(ははは)
by ヴァラリン (2006-07-08 23:06) 

keyaki

こちらこそ、楽しませていただきました。
クイズも今までで,一番簡単にわかりました。(全部正解のつもりです)
歌い方も違いますけど、音楽自体も軽快なのから、重過ぎ、、みたいなのまでさまざまですね。
by keyaki (2006-07-09 03:10) 

助六

因みに「トレアドール toréador」というのはニセ・スペイン語らしいです。闘牛士は「torero」か「matador」で、フツーのスペイン人に聞くと「トレアドール」なんて言葉はないという返事が返ってきます。古いスペイン語で仏語では17世紀から使用例があるらしいけれど、「カルメン」初演当時からスペイン語としては死語で、正に「カルメン」によって仏語としても定着したとか。
by 助六 (2006-07-09 09:37) 

>彼にとって、馬というのは問題だった
笑える。ちなみにクルト・モルは平気みたいですよ、馬。2月のミュンヘンでのドン・ジョヴァンニでは馬の横に平気でたってましたから。
by (2006-07-09 13:14) 

euridice

あんまり関係ないけど、一応「歌手と馬」ということでTBします。
by euridice (2006-07-10 09:22) 

keyaki

gonさん、特訓のかいがあったようですけど、映画俳優並に扱われたということでしょうね。
舞台に動物を載せるので有名なのは、ゼッフィレッリですけど、クライバーのカルメンの映像とか、最近のヴェローナのも馬はもちろん、あひるとかもでてませんでしたか。
by keyaki (2006-07-10 09:25) 

きのけん

 お馬さんといえば、面白かったのが、ショルティ指揮クラウス=ミヒャエル・グリューバー演出の《ワルキューレ》で、ギネス・ジョーンズのブリュンヒルデが連れて出てきたお馬さんが、舞台床を流れている(ドライアイスで作ったらしい)煙が冷たくて気持ちよかったらしくて、これに鼻面を突っ込んじゃって、ジョーンズさんが押そうと引こうと動かなくなっちゃった。やっとこさ動いたと思ったら、今度はジョーンズおばさんに甘えだしちゃって、しきりに鼻面をすり寄せてくるもんで、満場大爆笑!…。横にいたフリッカのクリスタ・ルートヴィヒさんが吹き出しちゃって(あのおばさん、笑い上戸なんだよ!)、客席に来てたグリューバーを見ると、奴っこさんも大笑いしてました。
 《マイスタジンガー》では夜警が連れてくるチャウチャウ風の巨大な牧羊犬が、ツルツルの舞台床に滑って転んで、あわやオケ・ピットに転落!…あんなデカイのがオケの上に落ちてきたらえらい話だったよね。で、満場大爆笑。…動物を使うってのは結構大変ですよね(笑)。
 カール・ベームの自伝を読むと、ナポリだかで《ローエングリン》を振った時に、ローエングリン登場の箇所、伝令が「エルザを弁護する英雄よ、現れろ!」と言う時、劇場付きのネコが登場しちゃったんで大爆笑…なんて話が出てきますけど、イタリアなんかには、結構オペラ座付きのおネコ様ってのがいまして(あっそうだ!、バイロイトにもいたぜ)、時々舞台に出てきちゃうんだよね。僕も一度、そういうおネコ様が、オペラ上演中に、左右を睥睨しながら、悠々と舞台を横切っていったのを見たことがあります。あれはボローニャだっけ、ヴェローナだっけ?…。
きのけん
by きのけん (2006-07-13 15:52) 

CineKen2

 こっちのフランチェスコ・ロージ版に対抗して、orfeo.blogにマーク・ドーンフォード=メイ《Uカルメン》(南ア、2005)というののコメントを入れました。左の「読んでいるブログ(RSS)」←、あるいは下の「CineKen2」リンク↓からどうぞ。
きのけん=CineKen2
by CineKen2 (2006-07-13 16:01) 

keyaki

きのけんさん、見てきました。あらすじだけでも面白かったです。

鼠にロープをかじられると危険だから、座付き猫ちゃんがいるんでしょうね、でもうちには、ブラインドの紐をかじる癖のある猫ちゃんがいますけど、こういう猫はお払い箱でしょうね。
客席の方を見ながら、ゆっくりと舞台を横切る猫ちゃん、想像しただけでかわいいわぁ、なんで笑ってんの、、なんてね。

コメントの名前のところにURL入れられるようになったんですね。はじめて気がつきました。
by keyaki (2006-07-13 17:39) 

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