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RRと指揮者(6)ヘルベルト・フォン・カラヤン [RRと指揮者]

ヘルベルト・フォン・カラヤン(Herbert von Karajan 1908〜1989)
1970年8月26日ザルツブルグ音楽祭のレクイエムの公演で、バス歌手(多分ギャウロフ)の急病のため、カラヤンに呼ばれたのが切っ掛けで、その後、当時カラヤンが力を入れていたレコーディングにも参加、「トスカ」のスカルピアはカラヤンのオファーではじめて歌いました。ライモンディにとっては、最初にカラヤンとスカルピアを録音したことが、その後の成功に結びついていることは間違いないと思います。カラヤンは特別な存在だったことが、ライモンディのインタビューからも伝わってきます。


◆スカルピアについての2004年のインタビューの一部 おさかな♪さんにも協力していただいて、脚色しました。 1979年の某日、マエストロカラヤンが、スカルピアを歌って欲しいって言ってるよ、とエイジェントから連絡がきました。カラヤン先生のお話を断れるわけないっしょ・・・それに失敗は許されない! そして、カラヤン先生のお宅で、一対一での一日6時間の特訓がはじまったのです。
<対決!? ライモンディVSカラヤン>
(ライモンディ、連日の練習でへろへろ気味・・・。
カラヤンは「のだめ」の千秋様のような勢いであーーでもないこーーでもないと指導中♪)

RR:「先生、もし私が役に耐えないとお考えでしたら、もうここんとこ、良いっすよ。もう帰ります!(?)」
(カラヤンは、スコアでライモンディーの頭をポカっと叩いて一言。)
Karajan:「君〜、そんな風に歌うんだったら、あまりアホみたいなこと言わないように。」
RR:(内心)「はぁ〜、、、私、先生といると絶望的な気分になってくるんですわ・・・。」
(って言いたいけど、言わんとこー。)

◆2001年ドイツオペラ雑誌:
カラヤンともたくさん仕事をなさっていますが。
RR:カラヤンとの仕事もすばらしかったです。カラヤンからは、音楽や声の色彩を学んだからです。トスカのことを考えると、殊に弱音の部分でなんとも輝かしいベルリンフィルを引出したことか。あのようなことは二度と経験したことがありません。カラヤンは弱音で歌う勇気をもつべきだと言いました。フォルテがとてもはやっているときにだれもそんなことはいいません。さらに、弱音はその上演に声の色彩の全スペクトルをもたらすためにとても大切なのです。 しかし、今日、やわらかい音色を聞くことはあまりありません。多くのディレクター監督はこれでいいと考えています。今日の若い歌手たちから、ベルカントの技術がほとんど聞けないということは疑いのないことです。
◆1994年イギリスのオペラ雑誌から:
ライモンディの卓越した音楽的知性とその役に於ける純粋で荒々しいエネルギーは、間もなく、カラヤンの注意をひき、ライモンディに新たな可能性の世界を開いた。
「カラヤンは途方もない人物でした。私としては、ちょっと怖い感じでした。それは、いつも偉大な存在の中にいるような印象を持ったからです。カラヤンと歌わなければならないとき、毎回、自分自身に自信がないように感じました。何を期待されているのか分かりませんでした。カラヤンは歌手達にやりたいように、自由にさせて、影響を与えました。オーケストラに対するのと同じでした。説明するよりは、魅力的な態度をもってしました。我々は自分の人格を自由に表現できたのですが、私はいつも説明し難いパニックに捕われました。生きている伝説の前にいる自分自身を見い出して、非常な尊敬の念にとらわれて、パニックになったのです」
 しかし、ライモンディは、カラヤンの教師としての技術を認めた最初の人である。
「カラヤンとのドン・カルロの最初のリハーサルを覚えています。いつものように、別の言葉で言えば、鉛のように重く、フィリッポを歌いだしまた。すると、カラヤンは、ただ手を自分の唇に当てて、かすかな叫び声を上げたのです。信じられませんでしたが、私は、大声を出すことではなくて、音色を作ることが必要だと、瞬時に理解したのでした」

※ビデオクリップ(写真をクリック): 1981年リリースの「トゥーランドット」の練習、ライモンディは、"O figlo tu!Vivo" と一言だけ、まあちょい役ですから、ドミンゴが歌っている間は、リラックスしてますね。
※1970年−1982年カラヤン指揮の公演記録
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おさかな♪

keyakiさんの以前の記事「カラヤンの《トロヴァトーレ》DVDの写真の不思議」
http://blog.so-net.ne.jp/keyaki/2005-02-20
に、以下のようなとても面白いコメントがありました。
「ライモンディさんもカラヤンのために綱渡りのような代役をしてますヨ。カラヤンの自家用飛行機が迎えに来てそのまま劇場に連れて行かれて歌ったこともあるとか。」
これを読んでおさかな♪は、「のだめカンタービレ」で、巨匠指揮者フランツ・フォン・シュトレーゼマン(通称ミルヒー)が、怖~い美人マネージャー「エリーゼ」に見つかって、ドイツに強制送還(?)されるシーンを思い出しました。エリーゼと用心棒はのだめの音大になぜかヘリで現れます。ミルヒーはめげずに「自家用飛行機」に即再来日しますが、そのシーンを元に小話作ってみました♪

<おさかな♪小劇場(愛と友情の旅立ち編)>
ぱらぱらぱら・・・(飛行機の音)。おもむろにカラヤンが降りてくる。
カラヤン:「やぁ、ライモンディ君、きみー、トスカ歌える?」
ライモンディー:「う、歌えますけど・・・、何か。。。」(すでに緊張)
カラヤン:「じゃ、飛行機乗って♪」
ライモンディー:(内心)「まじっすか・・・!」

すみません、keyakiさんのブログで遊んでます♪
f(^-^;)会話の訳、あんまり上手にできずにごめんなさい。
お詫びに小話書いてみました。(いらね~☆)
by おさかな♪ (2005-04-29 11:28) 

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